迷馬の隠れ家〜裏別館〜

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の気まぐれBlogですwこちらは、雑記専用となっております…

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第8話。

ヴェルファイアに促され、二人が食堂に入ると、いきなり乾いた感じの破裂音がした…その音にジュンが首を竦めると、

「アハハ…ごめんごめん。今日はお祝いだからさ、ちょっとでも喜んでもらえるかなぁって思ったんだけど…驚かせてしまったね。」

「だから、クラッカー使うなって言っただろ?ジュンは事件の後遺症で、かなりのビビリなんだから、脅かすなよ。」

どうやら、この爆音の犯人は、調理担当のダイナ=カーペンターの悪戯の様である。ヴェルファイアがダイナを睨みつけるのも、無理はない。

「…お祝い?なんの?」

「お前の誕生日だよ…って、今はわからねぇか。あの警部さんが言うには、今日がお前の誕生日らしいんだ。」

戸惑うジュンに対して、ヴェルファイアがそう答えると、

「正確に言えば、アンタの身元が判明した事と、偶然にも今日が、アンタの16回目の誕生日だった…って事で、みんなで一緒に祝ってやろうって話になったんだ。ジュン、今日だけは俺達と同じメニューを用意したんだ。食べきれなくてもいい…せめて、今までなんとか生き永らえた事に対して、そして、“新しい自分”の誕生を祝おうじゃないか。」

と、ナージュが言葉を付け足した。

「僕の…誕生日…」

「そうか…そういえばキミ、お腹いっぱいになるまで食べたいって、さっき言ってたよね?」

「でも…僕は…食べられない…」

「そう言うだろうと思って、今日は全員、お子様ランチにしたんだぜ。」

と、意地悪そうな笑顔でダイナが答えた。

 

実はこの数時間前、厨房でジュンに関する情報を聞いたダイナは、ある提案を行った。

「今日の夕飯は、ワンプレート形式にして、ジュンにも同じモノを喰ってもらおうじゃん。」

それに対してシーマが、

「それじゃ、“お子様ランチ”風に盛り付けるのってどうかな?」

とツッコミを入れたら、その場にいたセルボとカルタスは大笑いした。しかし、

「目の付け所がいいな、流石“お子ちゃま二等兵”と言われるだけはあるな。」

と、ダイナはフォローになってないフォローを入れた。

「茶化さないでください…」

「いやいや…“お子様ランチ”をバカにする事なかれ…採算度外視で作るのは、将来の常連となり得る子供に対して、料理の腕に自信があるからこそできる代物だ。人気メニューをありったけ皿に詰め込むのは、それで勝負してる証…」

「それと、子供が好きそうなメニューの殆どは、噛む力が弱っている状態の者でも食べられるモノが多い…着眼点としては合格だな、シーマ。」

「ク…クロノス様?!」

厨房の騒ぎに、ビスタがひょっこり乱入してきた。

「だったら、全員分の“お子様ランチ”を用意してくれないか?みんなと同じモノを食べているという意識を持たせれば、多分、摂食障害を克服できると思うんだよ。彼の場合、摂食障害を生じる原因の一つに、おそらく、経口摂取は避けるべきモノを押し込まれた可能性がある。嗅覚が敏感なのも、その影響が考えられるんでね…そこでだ、今日だけは実験も兼ねて、全員服を着替えて食事を摂ろうじゃないか。」

 まさに、鶴の一声だった。そこで、ダイナは早速、冷蔵庫内の食材から、お子様ランチ向けのメニューをピックアップし始めた。セルボもそれに合わせ、デザートの準備を始めた。そしてカルタスとシーマは、手分けして他の連中に連絡を回しに走った。

 

「これ…僕の…分?」

テーブルに並べられた皿には、昔懐かしい洋食屋風の“お子様ランチ”があった。どれもこれも、子供の時なら一度は味わったであろうモノが、品良く盛り付けてあった。カップに入った野菜のチャウダー、煮込みハンバーグに富士山の様に形成したピラフ、エビフライ、フレンチポテトにケチャップ味のパスタ…子供の頃に描く“ご馳走”を、これでもかと詰め込んだ皿は、大人でも羨む様な中身である。しかも別添えでプリン・ア・ラ・モードとミックスジュースバニラアイス添えのタッグは、古い関西人なら垂涎モノである。

「そうだよ…さ、食べよう。思うがままに、服が汚れても気にせず、ガッツリといただこう。」

ビスタがそう声をかけると、みんなが一斉にフォークを持って食べ始めた。しかし…ジュンは、一向に食べようとはしなかった。

「どうしたんだい?」

ディオンが不安そうにジュンの様子を見ると、手にはしっかりスプーンを掴んでいたが、どれから手をつけたらいいのか、かなり迷っている様であった。

「…全部…食べたい…だけど…」

「その皿はジュン、お前の分だぜ。順序やペースを気にせず、ゆっくり食べればいいぜ。」

と、ヴェルファイアが声をかけた。そして恐る恐る、スプーンの先を延ばしたのは…ふんわりと焼き上げたオムレツだった。口に含み、ゆっくりと咀嚼し飲み込むと、

「おいしい…」

と呟いた。その様子を見て、シーマとダイナは、互いに軽くグータッチをした。結局この時、ジュンが口にしたのは、このオムレツとプリンだけだったが、この“お子様ランチ”を完食できる様になるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

翌日、いつもと変わらぬリハビリに励むジュンは、明らかな変化を見せた…今までであれば、身体を起こすだけでも一苦労するほど大変だったのが、すんなりと起きれたのである。そして、摂食訓練で出すフルーツゼリーも、咽せることなく完食したのである。

「凄いなぁ…昨日のアレ、やっぱ意味があったんだ。」

ずっとジュンの介助をしていたディオンは、この変化に驚きを隠せなかった。

「やっと…食べられた…もっと食べたい…だから…頑張る。僕…次こそ、全部…食べる。」

どうやら、目標が定まった様である。

「食べると…お腹…満たされる…力が…湧いてくる。身体が、素直に…動ける。これ…頑張ったら…もっと…食べられるよね?」

「うん、そうだね。元気になれば、キミが望む事も、きっとできる様になると思うよ。だから、一緒に頑張ろうよ。」

ジュンの話し方にも、少しずつ変化を見せた。ひとつひとつ、絞り出す様にしか喋れなかったのが、ある程度文章として、聞き取れる様に話せる様になっていた。もちろん、脚や腕にも程々に筋肉が付き始め、自力での歩行は未だ無理でも、救護された頃に比べ、体重は幾分か増えていた…とはいえ、未だに骨と皮だけな見た目ではあるが。それでも、健康な肉体を取り戻す戦いは、着実に成果を上げてきていた。

 

同じ頃…押熊警部は、少々厄介な事に巻き込まれていた。麻薬捜査を行っている別の警部から、国神農園で大麻の栽培を行っているというタレコミがあったと告げられたからである。つまり、別件で探りを入れろという指示が出たのである。しかし、警部の目には、健全な農場にしか見えなかった…違和感があるなら、広大な田畑や果樹園があるエリアに三棟ほど、農場としては不釣り合いな建物があったぐらいである。

「仮に麻薬を製造してるのであれば、クロとして扱わなければならないって…そうであるなら、被害者を保護してる理由が、アリバイ作りだって事になるじゃないか。」

「それを確かめるのが、お前の仕事だろ?文句あるなら、A区の連続変死事件の捜査から外れてもらうが…」

合同での捜査において、同等の権限があるハズなのに、なぜが麻薬捜査班側の指揮官は、高圧的に押熊警部の捜査を阻害する態度を見せた。仕方なく、警部は指示に従うフリをして、その場を去ると、受け持ちの捜査本部の上司に、先ほどの話を持ちかけた。

「それはおかしいな…仮に、国神農園で麻薬を密造してるのであれば、事件での唯一の生き残りを保護する事は考えにくいし、まして、急に麻薬捜査班が我々の方の捜査を妨害する事自体、むしろ捜査を混乱させるだけのようにしか思えん…ともかく、忍ちゃん…あんたは普段通りに国神さんトコ行って、淳一くんの様子を見てきなよ。この件に関しては、私の方で調べとくよ。」

「小野寺キャップ、“忍ちゃん”って呼ばないでくださいよ…俺、その呼ばれ方、嫌いなんッすよ。」

「まぁ…そう言うなよ、私も同じ様に女性と勘違いされがちだからね。自分の息子に“悠里”なんて名付けた親を恨みたい気持ちはあるけど、淳一くんの事を思うと…ね。」

警部の上司、小野寺警視はそう言うと、他の部下にも先ほどの会話を他言せぬ様言い渡し、誰かと面会するからと言って、部屋を後にした。警部もまた、捜査を進めるために、今までに集まっている情報を調べ始めた。

 

2週間後、警部はジュンの様子を見に、再び本陣寮へ姿を現せた。

「…そういう嫌疑がかかってるのか。」

「いや…俺はあなた方が、そういう疾しい事をやってるとは思えないし、本当に麻薬捜査班の方が正しいのであれば、先にこっちがガサ入れされてるハズだ。」

捜査の経過をナージュに説明してる途中で、別件捜査が入る可能性があるという情報を、つい喋ってしまった事で、場が気不味い状態に陥った。流石に双方に不信感を抱くのばマズい…しかし、解決策がある訳でもなく、会話はそのまま膠着してしまった。すると、歩行器を使ってジュンが二人の下に近づいた。

「淳一くん…もう、歩けるのか?」

「ジュン、今日は手先の機能回復訓練だって言っただろ?なんでここに…」

「…トイレ…」

二人の問いに対して、気が抜けるほど一言で答えると、そのまま部屋へ戻って行った。その足取りは、筋力が戻っていない事もあってぎこちない…だけど、自らの運命に対して、挑み続けようとする逞しさがあった。

「しかし…両親の件に関しては、まだ、話さない方がいいと思うな。記憶を失っていると言えど、あまりに酷すぎる…それに、その麻薬捜査班の態度。どうも腑に落ちんな。」

これまでの調べで、ジュンの両親は、高校受験に息子を送り出した後、何時まで経っても連絡がない事を不審に思い、下宿先になるであろう親族の家に電話をかけたら、世話代として途方も無い金額を要求してきた挙句、期限内に収めないと殺害するという予告を受け、それを警察に相談しようと向かってる最中に交通事故に遭った…偶然が重なってると言えど、ここまでくると、なんらかの意図が見え隠れしてる様に思えて仕方なかった…まさかこれが、ビスタに対し反抗する勢力が関わっていたとは、この時は誰も思いも依らなかった。そして、それゆえにビスタ達が“異界の民”である事が、警察当局等にバレる事となるとは…

「ともかく、現時点で俺の口から出せる情報はここまで。鑑識課に荒縄に付着してるDNA鑑定を行ったんだが、淳一くんと発見者の吉野ってヤツのモノ以外、検出されなかったんだよ。犯人は相当、用意周到に、しかもそちらに濡れ衣を被せようとしてる感が否めないのだが…」

その情報を聞いて、ナージュは一つの推察がついた…自分達と同じ、ティルタニアンで、尚且つ、軍事訓練を受けた者でなければ、証拠隠滅を図って錬成術や時空術を使うとは、考えられにくいからである。しかし、それを知っているからといって、警部の裏で暗躍してる何者かに、こちらの手を見せる訳にもいかない…同じ事は、警部も考えていた。仮に、ここの連中が本当に犯人であれば、下手に情報を開示すればするほど、証拠を消される危険がある上、かといって、信用できる情報提供者に過剰な嫌疑をかければ、今まで以上に捜査が難航する事は目に見えていた。

 

 

 

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語  第7話。

“ー今すぐ、5000万、用意しろ!! 息子がどうなってもいいのか?”

怒号にも似た声が、遠くから聞こえる。どこに電話をかけてるのか、よくわからない…暗い何処かの倉庫の様な所の、さらに奥に据えられた、大型犬用のゲージに閉じ込められて、どれくらい時間が経ったのだろう。それまで“彼”は、高校受験のために親元を離れ、志望校の近所だという親族の自宅を訪ねたところ、急に何者かに腹部を殴られ、気が付けば全裸にされた挙句、手枷と首輪を付けられ、このゲージに閉じ込められていた。そして、満足な食事も与えられず、排泄もままならない場所で、時には理不尽な言いがかりをつけられ、その度に暴行を受けた。なんでこんな目に遭わなければならないのか、理由がわからなかった。そして…

「可哀想にな…お前の両親は、お前を見捨てて、とうとう逃げたようだな。まぁ、いい。既に次の手立ては打ってあるし、“金の卵”が産めない雌鶏に用はない…お前達、これの“処分”任せるわ。」

何を言ってるのか、訳もわからぬまま2、3人の男性に腕を掴まれ、その後、凄まじい痛みが身体中に走った…

「や…やめろ!!」

そう叫んだ時、目が覚めた。そこにはあの悪夢の様な空間ではなく、リハビリを受けていた部屋の片隅に置いてある、休息用のマットレスの上だった。全身に嫌な汗が流れているのを感じた。

「…夢…な…のか?」

肩で息をしながら、さっきのがなんなのか考えた。

「Jボーイ、大丈夫か?かなりうなされてたけど、何か思い出したのか?」

そばにいたディオンが声をかけると、少し項垂れて呟いた。

「…ぼ……は…め………り…なん…じゃ…い…」

何が言いたいのか、ディオンは、はっきりと聞き取れなかったが、相当酷いモノを見た事だけは、なんとなく察しがついた。

「今日はもう、このまま休もう。相当汗をかいているから、着替え、持ってくるね。」

そう言って、ディオンがそばを離れようとすると、Jボーイは袖を握って離さなかった。

「お、おい?!」

「…怖い…嫌…だ…一人に…しない…で。」

そのか細い手は、何かに怯えるように震えていた。その様子を見て、

「俺が代わりに取ってくるよ。根岸、Jのそば、離れるなよ…おそらく、記憶の一部がフラッシュバックしたんだ。」

「星野さん、まさか…」

「ともかく、タオルで全身を拭いてやれ。あと、そこにスポドリあるから、それ、飲ませとけよ。ただでさえ、脱水と欠食でフラフラなJだからな。精神まで参ってる以上、無理をさせると厄介だぞ。」

ナージュはディオンにそう指示を出すと、そそくさと部屋を出た。ディオンは指示された通りに大判のスポーツタオルでJボーイの体を拭いてやった。

「…ごめ…余計……惑…かけ…」

どうやら、ディオンに余計な心配をかけた事を、詫びたかった様である。

「ボクは大丈夫だよ。それより、ホラ…ちゃんと飲まないと、また倒れるよ。なんで水を飲みたがらないのかわからないけど、ちゃんと摂らないと…」

「味…無いの…いらない…」

“これって、ひょっとして…ここに来るまで、水しか与えられなかったのか?”

「今日のは、ヨーグルト味だよ。ちょっと酸味があるけど、イケるよね?」

「…うん。」

ディオンに促され、特製の経口補水液の入ったボトルに付けられたチューブを口に咥えると、少しずつ飲み始めた。どうやら、彼が受けた虐待の影響なのか、普通のスポドリや水を飲もうとしない。そこで、フルーツジュースや紅茶などで味を付けたモノを作り、それを適時に与える様にしたのである。

 

一方、

「フラッシュバックか…しかし、仮にそうだとしても、なんで急にそんな状態になったんだ?」

ナージュが件の一部始終を話すと、ビスタはJボーイの治療経過のレポートを見ながら首をかしげた。

「恐らく、ディオンが常にそばにいて、精神的に落ち着いてきたからこそ、記憶を封じてた箍が外れたんだろう。」

「だとすれば、しばらくディオンは農園の業務を外さざる得ないか…キミに対しては、未だに警戒心がある様だし、かと言って、他の連中は自分の業務以外の仕事は、あんまり引き受けないクチだからなぁ。」

「特にこの時期は、加工品製造よりも作物管理が難しいからな。ディオンはアグリだから、こういうことは全て任せられるんだが…アイツの看病に付きっきりだと、負担が大きすぎる。そのことを、アイツはアイツなりに感じてるから焦ってるんだろう。」

「頭の中の記憶がなくても、身体に染み付いた性格めいた部分が、そうさせてるのかもしれんな…ってことは、元々、責任感の強い性格だったのかもしれんな。」

二人がJボーイの件で話し込んでいると、急にナージュのスマホが外部からの着信を受けた。

「はい、星野です…」

『あ、初めまして、私は…』

着信番号を確認したところ、どうやら管轄外の警察からの電話だった。しかし…

『実は、とある事件の捜査線上に、そちらで保護された方に関する情報がありまして、捜査の協力を願いたく、お電話をおかけしたのですが…よろしかったでしょうか?』

「つまり、なんらかの事件に巻き込まれ、行方不明者の一人に、件の者が浮上したという事ですか?」

『はい…詳しい事をお聞きするために、そちらに捜査官を送りたいのですが…』

電話先の警官の問いに対し、ナージュとビスタは、互いに目配せする様に合図を送った。

“ビスタ、捜査に協力すべきか?”

“もちろんだ…ディオンとカルタスにも、連絡を入れた方が良いだろう”

「わかりました…」

一通り電話でのやり取りが終わると、ナージュは深いため息をついた。

「どうやら、なんらかの事件に関わっているのは、確定だな…こっから先は、警察に任せよう。その方が、アイツのためにも安全が確保できる。」

しかし、

「いや…捜査協力はやったとしても、身柄の確保はこっちが引き受けた方がいいだろう。」

と、ビスタは警察にJボーイの面倒までも丸投げする意見に、否定的な態度をとった。

「おいおい、ビスタ。アーシアンの事はアーシアンに任せる方が…」

「嫌な感がするんだ…もしも警官や監査官に、彼の関係者がいて、しかも事件の証拠隠滅を図る為に接近するとなれば、彼の命が危ない。捜査は協力しても、安易に相手に対する警戒を解くのは、どうかと思うよ。」

ビスタは、過去の経験から、他者の協力に対して慎重な姿勢を崩さなかった。ナージュも、その性格を知ってる上で、

「だが、俺達の捜査で限界があったから警察に依頼したんだろ?警察だって、所轄以外での事件に巻き込まれている可能性があって、全国に情報を求めた上で、直で俺のスマホに掛けてきたんだ。ここは慎重になるよりも、情報収集の為に犠牲を払うべきじゃねぇか?」

と諭した。

「…まったく、ナージュには敵わないね。ともかく、彼を保護する以上、相手が警察の捜査官であっても、必要以上の情報開示はNGだからね。」

「ハイハイ…っと、そろそろ着替えを持っていかねぇと、マズいな。ついでにディオンにも、この件、話しておくぜ。」

と言い残して、ナージュはJボーイの着替えを抱えて、ビスタの下を離れた。

 

数日後…

「ーなるほど、発見時から既に瀕死の状態で、今でも体力が充分に戻っていない…って事ですね。」

捜査官の押熊警部が農園の本陣寮を訪れ、カルタスとナージュが事件の経緯を説明し、警部もまた、Jボーイ…否、“望月淳一”に関する情報を、ナージュ達に説明していた。そこへ、件の彼を乗せた車椅子を押して、ディオンが姿を見せた。

「大丈夫、ちょっと話を聞くだけだから。」

ディオンがそう声をかけると、強張った表情のまま、警部を見据えた。

「彼が、そうですか…いや、わかってはいたのですが、まさか、こんなに変わり果てているとは。」

「押熊警部、余程酷い目に遭わされたショックで、殆どの記憶が消えてます。おそらく、事件そのものを話す事は、無理だと思います。それに…見ての通り、今の段階では、身体的に起きているのが精一杯です。」

「いや…説明されなくても、この姿を見れば、話す事すらままならないのは察しがつきます…望月くん、もう少し、我々が…」

「もち…づ…き…誰?…僕は…」

「ああ、そうでした…Jくん、我々がもう少し、早くあなたの存在に気付き、捜査を進めていれば、こんな事に…」

「…今は…僕…みん…な…一緒…」

「ああ、無理して喋らなくて良いですよ。詳しい事は、皆さんからお聞きします。Jくん、もう充分です…」

警部がそう言うと、ディオンは一礼して、Jボーイと一緒にその場を去った。

「とりあえず、今回はここで私も帰ります。捜査に進展がありましたら、また連絡します。」

「警部…こっちの方でも、なるだけ事件の全容に繋がる様な情報を収集しておくぜ。こっちもアイツを放っておけないんでね。吉野、警部を駅まで送ってやれ。」

「了解です、星野さん。」

カルタスはナージュの指示に従い、押熊警部の護衛のため自分のクルマへと案内した。当局が極秘の捜査情報を、警部に持ち出しの許可をしたという事は、なんらかの危険が潜んでいる可能性がある…そう睨んだビスタは、当日、捜査官として派遣される者に対して、警護と警戒から“案内役”を付ける事を条件に、本陣寮への立ち入りを許可したのである。警部もまた、国神農園を“第一被疑者”と睨み捜査本部と連携して探りを入れたが、むしろ、保護されている被害者の姿を見て、そして、何よりも自分に対して不信感を抱いた目で睨みつけた事から、この場は一旦引き下がる事を選んだ。そして、最寄駅に着いて、カルタスのクルマを見送ると、すぐさまスマホを取り出し、本部へと連絡を入れた。

「キャップ、国神農園は“シロ”です。被害者は安全な場所で保護され、現在治療中です…」

 

警部が無事に捜査本部へと戻る頃、

「あの…人…悪い人…で…はないの?」

Jボーイが不安そうに、警部の件をディオンに尋ねた。

「キミが、こんな状態になった件に関して、調べてくれてるんだ。今の段階でわかってるのは、とある事件にキミ自身が巻き込まれた…そこまでは、僕等でも調べがついたんだけど、事の次第は、もう少し落ち着いてから…」

ディオンがそう言いかけると、Jボーイはいつもの口調で、しかし、冷静に呟きだした。

「僕…何者かに…閉じ込められ…何が起きたか…わからない…でも…とても痛い…手足…動かない…首が…苦しい…空…見てた…急に…眠たくなって…気付いたら…ここにいた…雷太…そばに来た…助かった…どうして…僕…ここにいる?わからない…でも…雷太…星野さん…みんな…一緒…」

涙を零しながら、ポツポツと、さっきの悪夢を話していた。その痩せこけた身体を、時に震わし、だけど、決して荒ぶれる事なく、ディオンのそばで、事の次第を話すその姿は、何かを覚悟したオーラに満ちていた。

「それって、拉致監禁されたって事か?」

「…わからない…でも、お腹空いた…食べられない…辛い…」

「今は、しっかり食べてるだろ?」

「本当に…何も…食べられない…辛い…変なモノ…口に押し込められ…無理やり…美味しいモノ…食べたい…でも…僕の目の前で…僕には…水ばかり…」

「あ、それで水を飲みたくないんだ…だから、味がないと飲めなかったんだね。」

「僕…雷太に…会わな…かったら…諦めてた…生きる事…でも…僕には…」

沈みがちな気持ちに押しつぶされまいと顔を上げようとするが、その度に涙が止まらず、その度にか細い手はありったけの力で拳を握り続けていた。今は思うように動けない事が、食べたいだけ食べられない事が、そして何より、ディオン達に苦労をかけている事が悔しくて…その思いが言葉に、そして涙になって頬を伝っていた。ディオンはただ、そんなJボーイの思いを一つでも理解したくて、だけど、自分達の“素性”を明かさない様に、絶望の淵から立ち直ろうと、生きる事に足掻き続けるJボーイの背中を、撫でる事しかできなかった。だけど、その手の温もりが、今の彼にとってたった一つの拠り所だった。

「そこにいたか…二人とも、ちょっと付き合え。」

ちょうどその時、 ぶっきらぼうに、ヴェルファイアが二人に声をかけた。

「あ、堀川さん…なんですか?」

「いいから来いよ、J…いや、ジュン。今日は寝るなよ。“主役”がヘロヘロのままだと、面白くもなんともねぇから。」

「…じゅ…ん?それ…僕の…名前?」

「さっきの警部…だっけ?あれがお前の事、教えてくれたんだ。まぁ…雷太がつけた名前と本当の名前のイニシャルが偶然合致したって、こりゃ、明日は大雨だな。」

「雷太…知ってたの?」

「いや、僕は全然…堀川さんも、ついさっきですよね?」

「ああ…ま、ともかく、食堂に行こうぜ。」

 「でも…僕…」

普段、ディオンとナージュ以外の人間とは触れ合わないJボーイ…ジュンにとって、本陣寮の医療区域以外に立ち入る事はなかった。未だに自力で歩けない事もあるが、一番の原因は、作業着から漂う肥料の匂い…特に発酵系の肥料特有の匂いで、何度も吐き気が襲うからである。ヴェルファイアに対しても、普段であれば、作業着姿のままで様子を見に来る事があって、その度に、気分が悪くなっていた…しかし、今日に限っては、その原因となる匂いはしなかった。

「いつもは、野良仕事のついでで立ち寄ってるからだけど…今日ばかりは、作業着以外の服を着ろって、場長がうるせーんだよ。」

と、ジュンに対してヴェルファイアはそう答えた。

 

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第6話。

ビスタの手元に、再び神具が戻ったその日…農園の敷地にほど近い、幹線国道へと続く林道の脇の薮で、首から下が地中に埋まった状態の少年が、今にも息が絶えそうな状態で空を仰いでいた。その少年は、極度の栄養失調と、精神的に追い詰められたのか、髪の色が真っ白だった。朦朧とした意識の中で、今にも降り出しそうな空を見ながら、命が絶えるのを待つしかなかった…再び眼が醒めるその時までは。

 

“…どこ…だ…ろう…”

朧げな意識が、再び光を捉えたのは、どこかの集中治療室のようなトコの天井だった。目線を少し横に向けると、幾つかの管が自分の腕についているのが見えた。そして、何者かが自分に近づく気配を感じたが、身動きが取れぬ少年は、虚ろな眼差しで気配を感じた先を見る事しかできなかった。

「…よかった、気がついたようだね。」

少年にそう声をかけたのは、様子を見に来たディオンだった。

「まるまる、一週間も眠ってたんだよ。一時はどうなるかと思ったけど、どうやら、その様子だと、大丈夫そうだね。」

「…」

言葉を発するだけの体力もない少年は、ディオンの言葉に何かを感じ、それまで強張ってた口元を緩めた。そして急に頬に熱いモノが流れる感覚が走った。

「…そっか、辛い思いをしたんだね。今は、なにも考えずに、ただ、横になってたらいいよ。なにがあったのか知らないけど、でも…今は聞かないでおくよ。キミ、早く元気になるといいね。」

ディオンに頭を撫でられると、安心したのか、再び眠りに落ちた。痩せこけた少年は、その優しさを信じてみようという思いから、手を握り返そうとした。ディオンも、それを察し、両手でその手を包み込んだ。微かにしか動かない、骨と皮だけのような指先に、ディオンの両手はとても暖かかった。

 

それからひと月程経ったある日、少年は、体力を回復させるためのリハビリを受けていた。最初の頃は、極度の摂食障害の影響で、離乳食に近いモノしか口にできなかったが、この頃になると、自分の手でスプーンを持って、少しずつ、ゆっくりと口に食べ物を入れる様にはなっていた。相変わらず、痩せこけたままだが、救助された頃と比べたら、幾分血色も良くなってきた。

「それにしても、名前すら思い出せないとは、困ったモノだな…」

ディオンと、救助に当たったカルタスからの報告を聞いて、ビスタは渋い顔をしながら、少年の調査記録を見ていた。青年には、身元判明に繋がる手がかりが、一切なかった。救護された当時、身体中に暴行を受けた痕跡はあったものの、衣服をなに一つ、身に付けていなかった。そして、手足を後ろに縛られた状態で地中に埋まっていた事もあって、事件に巻き込まれた可能性があった…一応、管轄の警察に捜索願などの問い合わせを行ったが、現時点では、有力な手がかりとなる情報は見当たらない。今の状況でわかっているのは、相当な時間、まともな食事を与えられていなかった事と、現場に首から下を埋められたのが発見される半日前であるという推測、そして、身体を縛り上げていた荒縄は麻製で、おそらく抵抗できない事を分かった上で、なおかつ、完全に動けない様にするために関節部分を重点的に締め上げていた事である。その影響は、少年のリハビリにも及んでいて、未だに握力と腕力が戻らず、脚力に至っては、歩く事すらままならない状況である。不幸中の幸いは、腱や神経に深刻なダメージがなかった事で、他人が自分の手足を触れた感覚は認識できる。しかし、極度の記憶障害があり、自分の名前すらわからないほど、殆どの記憶が消えていた。

「でも、今の段階で無碍にできないでだろ?」

「そりゃ、未だに自分で身動きできるほど体力が戻ってる訳じゃないし、身寄りがないのであれば、安定するまでは保護せざる得ないよ。けどなぁ…」

ナージュの問いかけに、ビスタは腕を組んだまま困った顔をした。それは、国神農園の秘密を、普通の人間に公開する様なマネはできないからである。だが、少年は帰る場所がなかった…自分に繋がる一切の記憶がない彼に、社会復帰が難しい事は予想できた。しかし、ティルタニアンではない、まして、就農経験もないと思われる普通の少年に、ここでの定住は、厳しい事も予想できる。

 

「随分、動ける様になったね、Jボーイ。」

Jボーイ…ディオンが記憶喪失の少年に名付けた、仮初めの名前だ。だが、ディオンにとっては、まるで弟の様な存在に思えた。今は未だ、骨と皮だけな姿だが、どこか自分にも似た、 鼻筋の通った端麗な顔立ちと、細身の割にゆったりとした肩幅は、とても他人には見えなかったからだ。

「雷太…僕…」

「焦っちゃダメ、ここまで動けたからといっても、無理すると体力が…」

「少しでも…動ける…なら…手伝う…寝たきり…嫌だ…」

「気持ちはわかるよ。でも、今のままでは…」

「恩…返す…迷惑…かけたく…ない…」

「Jボーイ、誰も迷惑だって…」

「おい、根岸…それじゃ逆効果だ。J、寝たきりが嫌なら、無茶できるか?」

「…」

「ほらな。今の自分がどういう状況か、よくわかってるじゃないか。J、本気で迷惑かけたくなかったら、体力を温存しろ。今のアンタじゃ、自力で歩く事すら無理なのに、いきなり重労働したら、また寝たきりになっちまうぞ。」

「…だから…手伝う…」

「おいおい、その体で無茶したら…」

ナージュの言葉を振り切って、痩せこけた体を無理やり立ち上がろうと、Jボーイはベッドの枠に手をかけ、足を踏ん張るようにして膝を伸ばした。ただでさえ貧弱な状態で無理をしてる事もあり、立ち上がっただけで肩で息をするほど体力を消耗してるのは、誰が見ても明らかだった。だけど、Jボーイはディオン達に報いたくて壁に手をつきながら、一歩を踏み出す。その瞬間、バランスを崩して前へと倒れこみかけて、その身をディオンが支えた。

「は…離せ……どいて…くれ…」

そう言い切りると、そのままディオンと一緒に倒れこんだ…凄まじく身体中が熱くなっている。

「もう…役…立たず…な…んて…いわれ…たく…ない…」

譫言のように呟きながら、立ち上がろうとするJボーイに、ディオンは何かを察した。

「心配しないで。置いて行かないから、役立たずなんて、ちっとも思ってないから、だから、今は一緒に休もう。でないと、キミ…」

肩に手をやり、そう呼びかけると、その声が聞こえたのか、急に大人しくなった。

「らい…た…?」

「大丈夫…ここにいるよ。」

どうやら、意識が戻ったようである。しかし、急激な体力の消耗をしたせいもあって、自分から体を起こす事はできなかった。ディオンは、自分の上に覆い被さってる様な姿勢になっているJボーイをゆっくりと起こし上げると、下敷きになった自分の身体を抜く様にして起き上がり、そのままJボーイを肩に担いだ。

 

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第5話。

「そろそろ、こっちに来るんじゃねぇかと思ったが…旧モーザ隊が雁首並べているということは、プレセアに説得された上での行動だな。」

ビスタ達がいる居間に、突如、小柄ながらも武芸に覚えあるような風貌の男が入り込んできた。通常、ティルタニア騎士団以外の者が、結界を無視して侵入する事は不可能に近いのに、この男は、何の気配も見せずに、すんなりとビスタ達の下へ姿を現せた。ナージュとカルタスは一瞬、警戒する仕草を見せたが…

「マーグ…キミがここに来たという事は、修繕ができたってことだね。」

と、ビスタが声を男に声をかけると、

「おう、親父が…否、賢皇プラネクスが直々に作り直した神具だ。これで、やっとオマエも自由に動けるな。」

と、答えた。

「ははん…てことは、プレセア先輩も一枚噛んでたな?」

何かに気づいたナージュは、少しマーグに突っ掛かる様に尋ねると、

「いつまで柱の間に閉じ込めとくんだ?過保護なのも大概にしろよ。第一、とっくに神具の修繕は出来てたのに、待てど暮らせど受け取りに来ねぇから、オレの方で預かってたんだぞ。」

「それは、ティルタニアの…」

「“基礎の時空”を安定させるため…だろ?だがな、それをビスタ一人に任せっきりで、オマエらは何してた?そういう理屈で、ビスタを狭い牢獄の様なトコに閉じ込めてるオマエらの方が、よっぽどどうかしてるぜ。」

「だが、ティルタニアの長である龍神が不在のままで…」

「だとすりゃ、他の柱神はどうだ?ハッキリ言えば、須く“世界”を支えているのは、柱神ではなく、オマエ達の様な凡人だ。柱神として崇められているのは、あくまで“人成らざる姿”の方で、柱神の依代でしかない人間の姿は、むしろ蔑まされてるじゃねぇか。」

 「だったら…」

「いいか…いくら“時空の龍神”といえど、ビスタはビスタだ。どんなに国長だからといって、狭っ苦しい玉座に括り付けて良いなんて考えは、逆に世界をダメにする“一凶”だってのは、オマエ達は経験してるだろ?本物だからではなく、影響がどうのとかじゃなく、本気でビスタを思うんなら、他にやることあるだろ?」

ナージュ達の言い分は、すべてマーグの答えによって打ち消された。確かに、他の世界にいる“柱神”と呼ばれる者達は、神具を付けている事でマム・アースでの影響を最小限に抑え込む事ができる様になっているが、ビスタにはそのための神具が壊れていた…しかし、マーグが持ってきた、真新しい懐中時計のような物が目の前にある以上、反論するだけ無駄になる…そう、この懐中時計、実はビスタ専用の神具の“仮の姿”であり、その正体は、ビスタでなければ取り扱うことすらできない、非常に強固で重い、円形状の盾…“刻龍の円盾”と呼ばれる神具である。

「ビスタ、これでやっと、この農園を守れるな。」

「恩に着る…マーグ。やっと、これでボクは、柱の間にいなくても、時空を統べることができる。」

「礼を言うなら、親父に言ってくれ。オレはあくまで、親父の使いとしてそいつを届けたまで…まして今のオレは、勝手にティルタニアに出入りできる立場じゃねぇからな。」

嬉しそうに笑みを浮かべるビスタに対し、マーグはやれやれといった表情を示した。そう、彼こそマム・アースの柱神…アトラスの権化にして賢皇プラネクスの子息なのである。

 

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第4話。

翌日…といっても、マム・アースでは夕方なのだが、国神農園の敷地でも、奥深くにある、従業員専用の寄宿舎、本陣寮本舘。ここは、国神農園に常駐する従業員達の生活の場であると同時に、マム・アースで唯一、ティルタニアと同じ時空となる様に、特殊な結界が敷地内に張り巡らされ、ティルタニアン以外の者が入ると、廃校となった小学分校を再利用した宿舎にしか見えない仕掛けになっている。しかし、ティルタニアンや、ある程度の特殊能力を有する者が見ると、これほど近代設備を満載した前線基地はないという程、軍事施設としての機能に気付かされるのである。

「ふぅ…やはり“我が家”は落ち着くねぇ。」

ビスタはそう言うと、完全に昭和テイストな内装の和室で、掘りごたつに足を突っ込んだ。

「何言ってんだよ、ビスタ。本職ほっぽり出して、こんなトコにいるのが民にバレたら…」

「ナージュ先輩、無駄ですよ…そもそも、ビスタ先輩よりも、プレセア中将の方が民に慕われてますからねぇ。」

「あのなぁ、カルタス。そんなこと言ってるから、いつまで経っても…」

「それに、今回は本陣寮から出ない事を条件に、ここにいる訳ですから、外界に影響は出ませんよ。」

ナージュは少し、釈然としない様子だったが、カルタスの言う通り、結界内にある本陣寮の敷地は、実質はティルタニアのクロノパレスを直結させた時空にあるため、結界を破らない限り、時空の龍神としての力が暴走する恐れはない。仮に、ビスタが自分の意思で外界へ出ようとすれば、人間としての姿を維持する事ができなくなるからである。人間の姿のままで、ティルタニア以外の世界へ赴く時は、必ず、時空の龍神としての力を封じる“神具”を身に着けていなければならない…だが、その神具自身が、とある事件の際に壊れて以降、人間の姿見を維持することができないどころか、その力の暴走によって、全身が傷だらけになり、一時危ぶまれたのである。それ以来、パレスの奥にある“柱の間”に殆ど閉じ籠った状態になっていたのである。もちろん、それは暴走した力を中和させるためでもあるが、体調不良で全ての時空が不安定になったことを受け、それを修復させるために、龍神としての力を集中させる必要があった為である。膨大な時空の歪みに対抗するためには、龍神としての体力が重要な鍵となる…しかし、今までビスタがマム・アースにいたことが原因で、マム・アースの時空が、他の世界よりも一万年以上遅く流れてしまうようになってしまったのである。それをどうにか修復させようとした結果、神具なしでは、結界の外に出たくても身が保たない状態になってしまったのである。

「ともかく、ビスタ先輩…今回のここでの滞在は、一週間だけですよ。」

「悪いな、カルタス、ナージュ。外に出られないのは仕方ないけど、今はこれで充分だよ。」

「まったく…長年の付き合いだけど、お前のそういうお人好しな部分、なんとかならないのか?」

「僕はただ…国神翁との約束を果たしたかっただけ。この場所を…荒れ果てた農村を、たった一人でどうにかして、活気ある場所へと復活させたいという想いを、カタチにしていきたかったんだよ。そのために、みんなに迷惑をかけてるのは、正直すまないと思ってるよ。でも…」

ビスタはいつも、この農園の本当の管理人であった、国神祐介との“約束”を気にかけていた。その人は、ビスタが最初に訪れた時には、既に齢80を超える老農夫だった。しかし、ビスタの献身的な行動に心を開き、身寄り無き身を理由に、小さな農地と古ぼけた民家、そして、なけなしの財産を、マム・アースでの仮の名“国神守護”と共に、全て託したのである。以来、名義上の所有者は、ビスタの…否、架空上の“後継者”である国神守護となっている。

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第3話。

「それでなくても、2日前に、ファンタジアの時空に異変が起きて、その修正のために我々が奔走したってのに、何考えているんですか?」

そう口走ったのは、リッキー隊に所属するミゼット=コットン…元々、別部隊にいたのに、ビスタ達が気になって関わるうちに、いつしか騎士団員の一人として、リッキー隊に籍を置く事になったのだが、事ある毎に他の世界への派遣に対し、最後まで反対した。しかし、ビスタが時の柱に残る事を提案したことで、渋々、了承した経緯がある。それゆえに、国柱であるビスタに対して、辛辣なまでのツッコミを入れるようになった。

「いや…それは…」

と、ビスタが言い訳をしようとした途端、円卓の間に勢い良くドアが開く音が響いた。

「おっと、お取込み中だったか?これは失礼…」

と、入口前に一人の男が姿を現した。ティルタニア騎士団以外の者が、円卓の間に立ち入ることは、国軍規定により禁じられていた…が、件の男は、少し様子が違っていた。同じティルタニアの民であるにも関わらず、その服装は完全に場違いな…海神マリノスが率いるヤマタイカのリーフェ帝国軍の制服をまとっていた。

「アスター中将、何か御用ですか?」

「いやなに、皇子からの遣いとして謁見を…と思ったんだが、どうもその様子からして、ビスタの機嫌が悪いようだな。」

アスター中将…かつて“ティルタニアの賢武”と称されたプレセア=アスターは、古くからの知人で親友だったヤマタイカ御柱、アスカ=マリノスとの義に応えるためにティルタニアを離れ、現在はヤマタイカの東宮隊総大将となった。“皇子”とは、御柱となる以前のアスカのことで、唯一、プレセアだけ使うことが許された、アスカに対する愛称である。“中将”とは、かつてプレセアがティルタニア国軍の精鋭部隊を指揮していた頃の肩書であり、ティルタニアを離れた今でも、事情を知る一部の関係者が使っている呼び名である。

「プレセア先輩、僕…」

「何も言わなくても、顔に書いているからわかるさ。国神農園の事が気になるんだろ?」

「アスター中将!!」

「君たちが苦労してるのもわかるさ…でもね、この3年もの間、ビスタは体調が優れなかった事もあって、できるだけティルタニアの中心で時空を支えてたけど、それが何を意味してるか、君たち自身、わかってるよね?」

プレセアのその一言を聞いて、その場にいた者たちは、何かに気づいた。

「ビスタはティルタニアの国柱である以上に、マム・アースの片隅で、忘れ去られた故郷をなんとかしようと、必死に戦っていた人との約束を守れない事が心苦しいんだよ?その代理として、君たちが出入りしてるだけであって、本来であれば、ビスタ自身が、あの場所の当主としていなきゃいけなかった…でもそうすれば、ティルタニアが支えている時空の理が乱れるから、仕方なしにマム・アースとティルタニアを結界によって分離する措置を執ったんだ。わかるか?ビスタにとって、どっちの選択肢も不幸でしかない…だけどそれゆえに君たちがいるんだろ?だったら、君たち自身、何をすべきなんだ?一見すれば、ビスタ自身の我儘だけど、どっちを優先すべきかを考えた時、ビスタは国柱としての責任の方を取った…だったら、君たちがすべきことって、単にビスタの護衛ではなく、その名代として、動くこともできるじゃないか。」

「プレセア先輩、すいません…僕、やはり…」

「気にするな、ビスタ…いや、ティルタニアの長、クロノスよ。出しゃばった真似をするのは、異国の使徒がすべき行為ではない…なに、ヤマタイカ御柱の名代の戯言です。」

恐縮するビスタを庇う様に、プレセアは応えた。

「まったく…中将に言われたら、返す言葉もないっすね。」

ランティス隊のカルタス=マッキンリーが笑みを浮かべながら声をかけると、緊迫した空気が、一瞬にして穏やかになった。

 

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第2話。

ーここは、一般的に“人間界”と称する通常の世界とは違う、あらゆる世界の時空の流れを監視する龍神と、その使徒が住まう世界…通称、ティルタニアと呼ばれる世界。その中心にある居城は、クロノパレスと呼ばれている。このクロノパレスにある玉座には、少々、お節介焼きな龍神、ビスタ=クロノスがいる。ビスタは、このティルタニアを統べる国柱であると同時に、時空を司る龍神としての力を持っている。いわば、ティルタニアという世界そのものを支配すると同時に、すべての世界で、正しく時を刻むために、その流れを監視し、時として、その異変に対して判断を下す使命を帯びた存在なのである。その彼の下に集いし精鋭部隊こそ、ティルタニア国軍近衛騎士団…通称、ティルタニア騎士団である。件の二人…シーマとヴェルファイアも、そこに在籍する兵士なのである。

「ワグナー隊のサンライズ曹長、およびビショップ隊士、ただいま帰還しました。」

「ご苦労さん。さっそくで悪いが、全員、円卓の間に集合する通達が出てる。お前たちも、今すぐ向かってくれ。」

「ワグナー隊長、何かあったのですか?」

「いやな、また、クロノス様が持ち場を離れて、マム・アースに向かうってうるさいんだよ…」

ヴェルファイアとシーマの上司であるエスクードは、溜め息混じりにそう答えた。

「懲りてないというか、よっぽど世話好きなのか…まったく、俺らが定期的に駐屯することで、マム・アースの時空を保っているってのに…国柱としての自覚、あるのかよ、あのボンクラは。」

「ヴェル先輩、仕方ないっすよ。元々、クロノス様自身、その素性を隠したまま、最前線で活動していた事もあって、玉座でじっとしてるのが、性に合わない人ですから。」

「あのなぁ…」

「ヴェル、そういう愚癡は、本人には言うなよ。オレ達が今でもお咎めナシで、騎士団にいられるのは、クロノス様と、モーザ隊の連中による恩情あってこそなんだぞ。」

「いや、わかってますって、隊長…それにしても、あれからもう3年か。アス…じゃなかった、渉とシンのヤツ、元気にしてっかなぁ。」

円卓の間へ向かう途中、ふと、ヴェルファイアは、とある二人の兄弟…っと言っても、実際の血縁関係ではないが、ある事件がきっかけで、事実上、ティルタニアからの永久追放処分が下った同僚達の事を想った。彼らは今、マム・アースにある都会の片隅で、普通の人間として生活を送っている。

 

「どうやら、全員が揃ったな…と言っても、シンの部隊は欠席のままだが。」

円卓の間には、騎士団に所属する精鋭部隊の面々が、顔を揃えていた。数あるティルタニア国軍の中で、たった4部隊にのみ、“騎士団”の名を使う事が許されていた。中でもランティス隊は、かつてビスタが隊長を務めていたモーザ隊…クロノスとしての素性が明らかになる以前は、国軍の中でも“愚連部隊”とバカにされた存在であった。しかし、 ビスタが国柱としての力に開眼し、ティルタニア全土で起きた騒乱を鎮めた途端に、クロノス直属の近衛部隊へと昇格したのである。そしてビスタの補佐官だったナージュ=ランティスが隊長として、部隊を引き継いだのである。もう一つの部隊、リッキー隊は、当初、モーザ隊の監視役を命ぜられた存在だったが、ビスタの素性を知って以降、モーザ隊に協力する様になり、いつしかランティス隊、ワグナー隊と同列で取り扱われる様になっていた。そして…唯一、騎士団内で名前だけの存在なのが、セフィーロ隊。とある事件でティルタニアから追放された身分でありながら、他の精鋭達から席を残す様ビスタに進言した事によって、形式上、騎士団の一部として残された存在である。

「全員に集まってもらったのは他でもない、今のティルタニアは、稀に見る平穏な状態である。そして、それは我が国軍総員と、名もなき民衆一人ひとりが、互いに手を取り合って、今日の平和を維持しているからである。」

「御託はいいよ、ナージュ。」

「ビスタ、ちっとは時空の龍神として、自覚持てよ…お前がそういう態度だから、いつまで経っても不安定な状態の世界ができるんだぞ?」

「僕としては、国柱とか、龍神だとか…そういう固っ苦しい肩書きがない方が、もっと気楽に動けていいんだけど…」

「ビスタ!!だからお前は…」

「ナージュ先輩、話が進みませんよ。クロノス様はいつでも、長としてではなく、一人の人間として、みんなと対等に話をしたい人ですから。」

「…ともかく、僕としては、久々にマム・アースに行きたいんだけど、その間、ここが留守になってしまうからって、ナージュが煩いんだ。」

「当たり前だろ!!お前が玉座にいないと、ティルタニアで不穏な動きがあったら…」

“…またかよ。”

ヴェルファイアは、ビスタ達のやりとりを見ておもわず顔を伏せた。その様子を、エスクード=ワグナーは見逃さなかった。

「気持ちはわかりますが、クロノス様、すべての世界に流れる時空を管理されている事を、よもやお忘れになって…」

エスクードがそう切り出すと、今度はビスタ自身が暗い顔をした。

「わかってるんだけど…でも、僕にとって、あの場所は、今の僕になるための原点。だから、タマに帰りたいんだ。この角さえなければ…」

そう呟きながら、ビスタは耳の後ろから天に向かって生えている、一対の角に手を当てた。その角は、クロノスが時空の龍神であることの証であり、どんなに人間の姿を模したとしても、完全に隠す事ができない、唯一の欠点でもあった。素性を隠していた頃は、ターバンの様な布を頭に巻いて隠してたのだが、結局、時空を統べる力自体を封じ切れずに姿を現してからは、クロノパレルより外に出る機会が減った…そう、ティルタニアの長であるという事は、時空の龍神としてすべての世界を監視するために、常にクロノパレスにある、“時の柱”の前で留まらなければならない宿命を背負う事を指していたからである。