迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

こちらは、2019年まで展開していた“ニコニコブロマガ”の保管庫です。

撮影するにもマナーがありまして…

一昨日から、JR東日本のクルージング列車“四季島”が運行を開始した訳だが、その“一番列車”出発時に、いわゆる“撮り鉄”が始発駅の上野から事実上締め出された件について、一言で片付けると「そりゃそうだ」になる。ってのも、“四季島”はあくまで観光列車であり、鉄路の旅を楽しむことがコンセプトにあるモノであって、鉄ヲタ…というより、被写体を車両のみに絞ってるアホの為のモノではない。言っちゃなんだが、同じ鉄ヲタと言えど、自分の都合のみで駅員や乗客、さらには構内に植えてある樹木や草花を“邪魔”と言って排斥しようモノなら、それこそ一番邪魔な行為であり、まして安全な運行の妨げになる。ドクターイエロー500系TypeEVAでもそうだが、高速で突っ込んでくる新幹線がどんだけ危ないかを知った上で、何よりも“利用者優先”で、ホームに待機してほしいモノである。

ここからが本題…いわゆる“撮り鉄”同様に、競馬においても“撮り馬”ってのが、ここんトコ急増してるように感じる。ま、バブル期の競馬場でも、ゴール前で新聞紙や馬券をちぎって紙吹雪を撒いて実況の邪魔になったり、ラチ沿い最前列にカメラボックスや大型三脚で場所取りする輩はいた訳だが、最近目立つのが最終コーナーから直線にかけての付近で大型一眼レフデジカメを構えてる人…メディア関係者、あるいはプロのカメラマンで主催者から撮影許可を受けてる人はともかく、明らかに“撮り馬”な人がCanonの白バズーカ(望遠レンズ)やNikon互換のsigmaレンズを構えてるのは、どう見ても競馬を純粋に楽しんでないだろと疑わざる得ない。もちろん、古くからの“撮り馬”なら、そこんトコは節度を守って撮影してるとは思うのだが、問題は写真撮影“しか”興味がないからこそ、あらゆるモノが“邪魔”だという感情を持ってる人である。

これは何も競馬に限らず、動物の写真を撮りたい人は注意しないとマズい部分で、特に昨今のデジカメは、オートフラッシュ機能が付いてることが多く、これが撮影時には厄介になる。ってのも、いくら飼育してる動物といえど、本能的に強い光による反射はパニックの因になる訳で、得体の知れない光の刺激は、臆病さから攻撃的な態度になることがある。故に、競馬場では、特にパドック周回中はフラッシュの使用を禁じてる訳であり、レース中でも天候不良で暗いからという理由でのフラッシュ撮影は、レース妨害と見做される行為である。だから、プロの競馬カメラマンは、自分の得物にフラッシュを装備しないのであり、付属のモノも設定で使えないようにしてあるし、明るさを保持するために様々な工夫を行なった上で撮影に臨んでるのである。特にデジカメの場合は、そういう設定をダイヤル操作、あるいはタッチパネル操作でできるようになってる訳だから、そうすればいいだけの話なのに、なぜか“設定マンドクセw”という人が多いw また、撮影後にPhotoshopなどの画像編集ソフトを駆使して画質やコントラストを調整できるのにもかかわらず、そういったのを使う事を“贋作”とか“捏造画”とか批判する人がいる様だが、プロでもそういった“画像処理”加工は行う訳であり、スチールカメラ(要はフィルム式のカメラ)でも、焼き込み作業の前に手直しを行うのは、常識の範疇である。つまり、他人の写真を批判する人ほど、実はカメラマンとしての技量はど素人以下だと自分で言ってるようなモノである。

写真ってのは、撮り手の個性が出てナンボなトコがあり、有名カメラマンと同じ構図で撮りたいと言ったとて、実際問題として同じ絵面を撮ることはできない。それこそ、一期一会な訳であり、プロとて同じ場所で何度も撮影して、その中から構図的にいいモノを作品として仕上げる訳であり、撮りっぱなしで“作品”として公開する人はいない…アマチュアのカメラマンとて、ごく一部だが、原版の画像に対してコントラストなどを調整した上で作品コンクールに出展する人もいる訳であり、その際、主催者側から一定の条件として、画像編集を行なった旨を表記することが義務付けされてるトコもある。公平な評価を行うための条件であると同時に、何の目的で編集を行ったかを明らかにする事で、同じ構図で撮ったつもりでも、カメラの性能や編集技術一つで見え方や印象が違ってくる事を知ってもらうためである。逆を言えば、商売として写真を撮り続けてる人と、素人が自分の趣味として撮ってるのとでは、同じ機材で、同じ構図で撮ったとしても、機材の設定や露出などが違えば、違った印象になる。まして、編集できるかできないかも含めて、まさに経験の差であり、アマチュアでも、いい写真を撮ることができる人もいたら、プロでも、ピンボケや手振れの酷い写真を撮ることだってある。

況や、プロでも認める腕を持ってたとしても、社会的通念に基づいたマナーがなってない人は、批判されて当然であると同時に、マナーレスだからこそ排除される対象になる。そのとばっちりを受けるのは、純然な鉄ヲタ全般であり、競馬ファンであり、アマチュアカメラマン自身である。まして、ごく一部のマナーレスを叱った途端に“暴力だ”とか“差別だ”とか言ってるような自称インテリに、こういう輩が多いから困る。悪いが、自分達が唱える“正義”ってのは、世間一般に通用しない…否、ヤクザすら相手にしたくないほど酷いモノである。社会通念が崩壊した状況とは、自分達の行動すべてを正当化して、他人からの批判を“不当”として無視した結果からの臆病である。まったく、いつからマナーレスを真っ当に叱れない社会になったのやら…