迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

こちらは、2019年まで展開していた“ニコニコブロマガ”の保管庫です。

“神様”と“仙人”の意外な話…

タイトルを見て、なんとなく察してくれた方…そうですw 前回が“園田の仙人”こと、吉田勝彦アナの話をしたなら、やはり、対を成す者として取り上げるべきは、関西テレビ放送でも“神様”として崇められている、杉本清アナを取り上げないとマズいっすよね。ま、この方に関しては、著作エッセイや雑誌“優駿”等を介して知ってる方も多いとは思いますが、ここでは、競馬実況のスペシャリストであるこの二人に関する、ちょっと意外な話を…

この二人、競馬の仕事に属していなかったら、当然出会う事もなかったんだが、それ以上に数奇なのは、アナウンス歴こそ杉本アナは大学進学と就職浪人という経験があるからその分のブランクがあるんだが、実は同い年で、しかも2月生まれにして誕生日が僅か5日違いという事…そう、偶然にもニヤピンしてるのである。(コレに近い話をすると、後日公開する白川アナと蜂谷アナの“誕生日”も…なんだよなぁw)ま、そこんトコはよくある話として流しておくが、実のトコを言えば、杉本アナのあの“デコレーション実況”の基になっているのは、実は吉田アナの実況だったりする訳である。これも、先程述べた通り、杉本アナには実況アナとしての“時間的ハンデ”として大学までの進学と、その後の就職浪人が響いていて、尚かつ、実際に競馬実況アナとしてデビューするまでには、更に時間が掛かってる訳で…この部分の話をすると、恐らく中身がスカスカにならない分、膨大なページ数を費やす事になるんで、ここでは省略するが、ようするに、一人前の実況アナとしての技術を学ぶ為に、こっそりと園田競馬場まで足を運び、何度も実況を聞いていたんだそうな。
ただ…杉本アナが実況アナとしてデビューした当時は、テレビの実況として特化した実況…と言うよりも、あくまでラジオにも転向できる様に、なるだけ言葉数を多くしゃべる事がメインであり、当時のKTVは、現在のCRKラジオ関西との合併を視野に入れた経営をやってた事もあって、そういう訓練を受けた影響もあって、テレビの中継なのに画像に集中できない程、喋くり倒すのが一般的な実況ともいえた訳である。ま、現在のスポーツ実況は、映像と関係ないステマ的な言葉を入れるのと違い、テレビの黎明期は、ラジオの“補助”として映像がある…って感覚でしか考えていなかったスタッフの方が殆どで、ラジオでの実況技術こそ、テレビでも通用すると思ってたトコがあった。事実、その事が原因で、杉本アナが実況で苦い経験をする事になるんだが…
では、吉田アナが杉本アナの“師匠”であるなら、なんで今日…と言っても、20年程前まで、そんなに注目されなかったのかと言えば、それこそ“テレビの力”…と言うより、中央競馬地方競馬の取扱われ方のギャップが全てといっても良いだろう。杉本アナの場合、KTVはフジテレビ系列の放送局であり、しかも中央競馬の日曜メインを全国ネットを介して中継しているが、吉田アナの場合、どう頑張ったトコでも兵庫県競馬組合の枠…つまり、中継をするにも地元のサンテレビCRKが関の山であり、しかも地方競馬は原則、平日しかやらない(昔は、中央競馬開催とバッティングして、観客の取り合いなんてのもザラだった様だが…)から、必然的に注目度は杉本アナの方が上になる。現在でこそ、ネットでの中継動画やCS放送による中継等があるから、全国で園田や姫路の競馬実況を聞ける様になったが、時代が悪過ぎた…と言えば少し酷過ぎるかもしれない。しかし、それがこの二人の評価を分ける結果になるとは…
言ってみれば、杉本アナの存在は、当時のテレビが造り上げた“神様”であるなら、その“神様”を以てしても“適わない”と言わしめる存在としての“仙人”が、吉田アナになるって事だ。しかし、中央だけでなく地方の競馬にも精通したコアな競馬ファンからすれば、むしろ杉本アナの事を“神様”として持ち上げているマスコミ…特にフジテレビの態度に関しては、当時から気持ち悪がられてたのも事実で、そういう人達の間では、むしろ吉田アナの事を誉め讃える人が多かった。何度も言うが、中央の“デコレーション”よりも、地方の“コテコテ”の方が、コアなファンには受けがよく、むしろ“杉本節”を褒める人の方に“俄(にわか)”というレッテルを勝手に貼っていった…というファン間での“黒歴史”がそこにある。
そこに拍車を掛けたのが、JRA日本中央競馬会が発刊する月刊誌“優駿”であり、その事がきっかけで、所属してたKTVでは、この“優駿”での連載企画以降、杉本アナに関する業務は、全て本人に直接申し出る様に…という“社内特例”を作っちまった訳である。ま、それ以前として、テンポイントの贔屓実況が問題視されて以降、いろんなトコから問合せがあり、その仕事が殺到した…という背景があるんだがw しかし、それも杉本アナがKTVのアナウンサー…否、定年まで社員として籍を残していたからこその話であり、何度も中途フリー化の誘いを断った事が、後々の“シルバータレント”としての価値を生む事になるんだが…ここんトコは、本題から外れる話なんで、次週以降に解説するが、こうなってくると、吉田アナの本当の価値を知る人にとって、どこで杉本アナ以上の実績だったのかを解説するのも、正直、アナウンス歴ぐらいしかわからない…というオチになってくる訳である。しかし、ここでよく考えてほしい事がある。杉本アナには局アナとしての“ジレンマ”として、後輩の育成というのがある。つまり、先輩ばかりが仕事して後輩に機会を与えずにいると、却って実況中継そのものの質が落ちる事になる。その事は、杉本アナ自体、自らの経験から重々知ってたトコである。しかし、多くのファンや、まして系列局のスタッフまでもが、後輩への引き継ぎに対して批判的だった…もうお解りだろう。馬場鉄志アナや石巻ゆうすけアナが今日まで不遇な扱いだったのは、その“偉大なる先輩”であるが故の話であり、それがいなかった吉田アナは、むしろ自分がいなくなった時の兵庫県競馬の行く末が不安だったからこそ、たとえ片目が光を失おうと、実況席に座らざる得なかった…という背景があった事を、敢えて言っておかなければならない。そして、それを一番不憫に思い、何とかしたいという思いもあって竹之上次男アナを“弟子”として迎え入れる様に斡旋した人がいる事も、忘れてはいけない…ま、その前に、及川サトルという実況アナがいたんだが、ここでは“論外”とさせてもらう。(オイラの手元資料だけでは、その関係性までもは調べられんかったからw)

ともかく、この二人が同列で扱われる様になったのは、むしろ最近の話だって事を、頭の片隅に入れといて欲しい。むしろ定年がないから、今でも園田の実況席にいる吉田アナと、“定年”という区切りを以て仕事の数をセーブしてる杉本アナとでは、その価値や存在感は全く別モノであり、対比すること自体、本来は失礼な話ではある。が、同じ競馬実況に携わる者でありながら、所属する組織の方針によって、ファンから受ける印象が、ここまで大きく違ってくるのは、いろんな意味で“面白い”話ではなかろうか。