小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第11話。
ある日、ヴェルファイアが私用で国神農園の近隣…といっても、車で2時間以上かかるトコにある、海が見える大きな街に出かけた。幹線国道が農園の近くを通っているといっても、山間深い地域では、対面通行できるだけでも立派なモノであって、農園から最寄りの高速道との接続区間は、お世辞にも国道とは思えないほど荒れている。そんな、ある意味“酷道”マニアなら垂涎な幹線道路を、中型バイクで走り抜け、街まで出たのには理由があった…一つは、趣味のアニメグッズを予約していた専門店での受け取りと…
「よう、早かったな、ヴェル。」
「なんで、わざわざ俺指名すっかな?このオッサン…」
マーグからの呼び出しである。と、いうのも、
「いやなに、“けもナー娘。”の新作ディスクが今日、先行発売されるってのを知って、多分、アニメヲタクなヴェルだったら、こっちに来るだろうと思ったからさ。」
鋭い読みが的中して、マーグはご満悦な様子である。しかし、呼び出された方は、堪ったモンじゃない。
「だからって、なんで俺な訳だよ?直でクロノス様やランティスの旦那に会えばいいじゃんかよ?」
ヴェルファイアの意見はごもっともである…だが、マーグにも事情があった。
「親父からの指示で、おおっぴらにビスタやナージュに連絡を入れるのは、ちょいマズい状況なんだよ…どうもこの事件、背後に厄介なモノがいるっていうんだ。しかも、ティルタニアに影響を及ぼしかねない…」
「隊長を、あんな目に遭わせた連中が、まだ蠢いてるのか?」
「まだ断定はできないが…っと、ここで話してるのもなんだ、そこのネットカフェに入ろう。」
「ちょ…オッサン…あ、なるほど!」
マーグの唐突な行動に、ヴェルファイアは戸惑ったが、マーグの仕草で、何かを察した…件の敵と思しき者が、ヴェルファイアの行動を監視してるのに気付き、近くのネットカフェに籠る事を提案したのである。
「駅前に停めたバイク、アレはオレが引き取ろう…代わりにオレのを使え。」
シアタールームを借りて、二人きりになったところで、マーグはヴェルファイアに告げた。
「すでにマークされてるってことか…でもよ、オッサンのを借りたとしても、帰り道が同じなら…」
「オマエ、時空術の使い方がヘタレだなぁ。本陣寮と反対方向走って、途中で方違えすればいいじゃんか。」
「余計にヤバいだろ、それは。」
「だから、オレのバイク使えって。今時、水素ガスエンジン搭載じゃない中型の骨董品に乗ってるのって、オレぐらいだろ?囮になるから、オマエはアレを使え…上手く引き付けたトコでオレが強制的に時空の扉開けるから、そこから逃げろ。」
“このオッサン、ティルタニアンじゃねぇのに、何者なんだよ…”
マーグの提案に対し、ヴェルファイアは疑念を抱いたが、状況を考えれば、飲まざる得なかった。
「それはともかく…なんで俺じゃないとダメなんだ?」
ヴェルファイアがそう問いかけた途端、マーグは普段使いのウエストポーチから、おもむろに一枚のディスクを取り出した。
「なんだ?それ…」
「ラジオ局のパソコンからアクセスして、コピーした動画だ…フェリム邸やオレのタブレットとかだと、足が付くと思ってこっそりやったんだ。ま、そのパソコン自体は、後でオレが新型に買い換えてやったけどな。」
不敵な笑みを浮かべながら、マーグはディスクの入手先をヴェルファイアに話した。そして…
「先に言っておくが、オレですら寒気を感じるほど悍ましい映像だった…この動画で、酷い目に遭っているのは、オマエ達が保護した少年だ。」
「え…ジュンが?!」
「しかもご丁寧に、年齢を偽証させた上で、そういう性癖向けのモノだ…言葉をまともに発せないよう口を塞がれたまま、虐待され続ける内容だった。」
「つまり…ジュンが記憶障害になったのも、異様なまでに嗅覚が鋭くなっちまったのも、全部その虐待の果て…ってことか。」
「考えられ得る…それと、親父がビスタからの依頼で、薬物に関する痕跡を調べた結果、これまた、とんでもないことになっていた。」
「まさか…」
「ああ…少年の髪の毛を解析したら、致死量に近い興奮剤が投与されているのがわかったんだ。それ故の影響で、脳だけでなく、内臓も含めた全身に深刻なダメージを負った状態になってると、親父はいうんだ…摂食障害も、内臓の負荷を軽減させるためのモノだったとすれば…」
「そんな…アイツ、もう…長くは生きられないのか?」
「あのままだったら…の話だ。今は、ちょっとは改善してるだろ?発見が早く、措置を間違えなかったから助かったんだ。薬物中毒の件も、脳に影響が残るものの、オマエ達が守ってやってる限りは大丈夫だ。それに、まだ若い…限度はあれども、まだリカバリーできる範囲さ。」
一連の話を聞いて、ヴェルファイアは行き場のない憤りで言葉を失った。まだ、成長期にある少年の心身を、いとも容易くズタボロに、廃人同然まで追い詰めた相手が許せなく、自分達が保護してると言えど、帰る場所も先の未来をも奪われたジュンが、どう転んでも、自立は不可能だと知って、悔しさをにじませ、唇を噛んでいた。
「ヴェル、オマエが希望を捨ててどうすんだ?限りがあるからこそ、できること、やりたい事を精一杯できるよう、守ってやりゃ…」
「無理だ…普通のアーシアンの子供が、余命がない状態で、俺達と一緒に生活するなんて、さらなる地獄しか…」
「落ち着け…その“希望”は、オマエ達がジュンと呼んでる少年自身が持ってるモノで、オマエが勝手なことしない限り、潰えることなんてねえよ。むしろ、奴さんがムキになって少年やオマエ達の命を狙う真の理由は…」
「…向こうにしたら、俺達のトコにジュンがいること自体、非常にマズいってことか。」
「ぶっちゃけ、そうなるな…特に少年は、なんらかの実験に使う目的で、拉致監禁した可能性が高い。それを外部に知られたくないからこそ…んで、マム・アースでの資金調達のために、特殊な性癖向けの動画を作った…とすれば、わかるよな?」
「それで、警察の麻薬取締班が一枚噛んでたことにした訳か…」
「情報操作だって、時空術に長けたオマエらだったら、容易いことだろ?そこんトコは、恐らくビスタも感付いてるし、どうも厄介な輩がいるのはわかる。だからこそ、ここは敢えて、奴さんの“次の一手”を見るしかない…」
「どっちにしろ、ここでの武力衝突は避けるべきだってことか。」
「当然だろ?派手に暴れりゃ、素性も居場所もバレちまう…奴さんもその条件は同じだ。だから、用もなく街中を不自然に出歩くビスタよりも、ヲタ活動してるオマエの方が、伝令役として適任って訳さ。」
状況をやっと飲み込めたヴェルファイアは、マーグが持ってきたディスクと、いくつかの資料と思しきメモを受け取った。
「ーつまり、マーグの指示で遠回りしてるってことだな?」
『はい、かなり前から俺、追跡されてたっぽくて、振り切るために囮になると、オッサン、言ってきたんすよ。』
ヴェルファイアは、マーグの愛車に乗って、街を南へ向かって走る途中、時計型スマホでナージュに報告を入れいた。
「だったら、そのままそっち方向に走れ。適当な時間にバイクの発信ビーコンを作動させな…アイツのバイクなら、緊急用のビーコンを搭載してあるから、そこにターゲットを絞れば、こっち側から扉を開けて繋ぐことができる。なに…アイツのことだから、敵を適当にバラしてから、こっちに合図を出してくるさ。」
“なるほど…そういうことか。”
ナージュの話を聞いて、マーグが言ってたことに関して、ようやく合点した。
『了解っす、とりあえずこのまま、海岸線へ出ます…ビーコン、今から出しときますんで、はい…』
細かい指示を受けながら、ヴェルファイアはバイクを走らせた。
「とりあえず…ヴェルを遠ざけた事で、敵がそっちに向かった時点で助けるか…」
「悪いな、ナージュ…こうでもしないと、サシで話できねぇからなぁ。それに、ヴェルに渡した一連の資料、アレは偽物だ…」
「よくデタラメなことするな、お前。帰って来たらヴェルのヤツ、相当恨むぞ。」
一連のやりとりを、すでに本陣寮に到着していたマーグは、息を潜めて見ていた。そして、改めてビスタとナージュの前で、事の次第を伝えた。
「要するに、ヴェルに話したことは事実でも、資料自体は相手に渡ったとしても、フェイクってことか。」
「ああ…だが、この事実をジュンが知ったら、多分…余計な記憶障害になる可能性がある。だから、映像の入ったディスクはヴェルに渡している。それ以外のデータは、そのメモリに入っている。今時、紙媒体で資料をやりとりするのは、証拠隠滅を図るにしても、リスクがデカいだろ?」
「ボクのPCで今見てるけど、これ…本当なら、ジュンはボクらと同じティルタニアンだってことになるんじゃないか。」
「ビスタでも、そう感じたか。」
PC上に映し出された、ジュンの生体データ解析を見て、ビスタは驚きを隠せなかった。ナージュもまた、解析結果を見て、険しい表情になっていた。
「薬物耐性が驚異的なのはともかく、地中に埋められて半日近く生存できたのは、アグリブロスの特性と同じだ…だけど、彼にはプラントポッドの痕跡がない。」
「そういえば…シーマに似てるな、この特徴は。」
「ビスタ、シーマもアグリなのか?」
「当人は気付いてないだろうし、今更話す必要もないと思ってたんだが…アグリとケミのミックスの場合、遺伝子的なモノの都合で、アグリの能力を有していながら、プラントポッドを有しない個体も稀に存在するんだ。」
「アーシアンとのミックスな俺と、一緒ってことか?」
「そう自分を卑下にすんなよ、ナージュ。ボクは最初から、キミを補佐官にしてるほど信頼してるし、高く評価してるんだよ。」
曇りがちなナージュを、ビスタは笑みを浮かべながら窘めた。古い付き合いだからこそ、劣等感で不機嫌になる相棒に対し、笑顔で声を掛けたのであった。そんなビスタの態度を見て、ナージュは少し苦笑いして応えた。
「…まったく、ビスタには敵わないぜ。」
そうこうしてるうちに、マーグのバイクに乗っているヴェルファイアから、救難ビーコンが発信されていた。