迷馬の隠れ家〜裏別館〜

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の気まぐれBlogですwこちらは、雑記専用となっております…

アイヌ民族問題は、部落差別と同じです…

ここんトコ、北海道議の“発言”が問題になっている…いわゆる“アイヌはいない”というヤツ。一応、日本史を学ぶ上でアイヌ語をかじった身として、そもそも論を言えば、アイヌ“民族”という概念が生まれたのは戦後の話であり、それ以前…特に明治政府が誕生する前は、松前藩以外の本土人が北海道で交易する事はなかった訳であり、それ以前として、北海道以外にも“アイヌ”と称する存在は、東北にもいた訳であり、その名残は主に、秋田や山形の集落の地名に存在する。もっと言えば、松前藩の策略と明治政府の要人が、北海道の先住民…特に平取(びらどり)や浦河の人々を侮蔑し、彼らの生活圏を“開拓”の名の下に奪っていった歴史がある。この件に関しては、オイラが尊敬してたエカシ(長老)、今は亡き萱野茂氏が私財を抛って“アイヌ”の民族文化を取りまとめた資料館にデータが残ってて、なおかつ、大阪・万博公園にある国立民族学博物館にある資料は、そのほとんどが萱野氏が提供した物である。そこで解析すると、同じ“アイヌ”とまとめられた民族には、それこそ、北海道中にいくつもの“王国”を作り、それが切磋琢磨しながら独自の交流を行う事で、様々な生活様式を作り上げていた事が窺い知れる。しかし、残念ながら、オイラが理解できる範囲での“アイヌ”は、日高地方のみであって、他の地域の“アイヌ”に関しては、道民でないからわからんw

まして、同じ“アイヌ語”と言っても、日高の“アイヌ語”と他の“アイヌ語”では、意味がかわってしまう事もしばしばあり、また、一般的な“アイヌ語”も、多くの場合は胆振・日高・十勝の集落で使われたモノであって、本来であれば、北方領土南樺太の言語もあったのに、集約できたのはそこだけという事実がある。これを金田一京介が日本語(標準語)訳しようと必死になった訳であり、これがそもそもの“利権”の発端と言っていい部分だったりする。実は、アイヌと本土(日本)人との交渉役に“シサㇺ”という役人がいた訳だが…これが自分達のやりたい放題やった事が“原因”で、本格的な交流を阻んだだけでなく、アイヌに対する“誤解”や“偏見”を招く事になる訳である。

ちなみに“アイヌ”という言葉自身、本来の意味は“人間”を指す言葉であり、森羅万象を“神(カムイ)”と崇めた事から、“カムイイタㇰ(神託)”と“アイヌイタㇰ(人語)”という風に分けた。んで、狭義としての“アイヌ”とは、尊敬する者…家族でいえば父親であり、集落でいえば長老であり、そして会社でいえば社長…といった具合である。(正確には、“アコㇿアイヌ”と言えば、“尊敬できる先生”という意味になる。)また、平取のブランドトマト“ニシパの恋人”の“ニシパ”ってのは、狭義としては旦那を意味し、広義では男性諸氏全般を指す“おだて言葉”だったりするw(余談だが、あそこのトマトジュースは、オイラでも飲める程青臭さが少なくて美味い…)

つまり、交渉役の連中が、相手を見下した挙げ句、民衆の総意を無視して利権を要求し過ぎた事が、結果としていらん差別が生まれる構造は、日本における部落差別の典型的な図式と一緒であり、宗教に関する誤解や偏見と、全く一緒と言って良い。もっと言えば、今の日中・日韓関係と一緒で、自分達を“優位”な立場に置いて交渉してる様に民衆に“見せる”事によって支配する様に、それによる誤解や偏見で、後々問題が拗れても“向こうが悪い”と子供時代から教え込む事で、正しい事を“正しい”と認識させようと頑張っている歴史学者やその支援者を“悪者”に仕立てた…この図式は、今も昔も変わらない訳です。だって、それによって築いた“自分の地位”を、真の“正義”によって破壊されたくないですからねw だからこそ、身近な“差別”に対して目を逸らさずに、きちんとその本質を学び、指摘する事も必要なのです。ただ…だからといって全て“向こうが悪い”と罵る事自体、それは一番の間違い。双方“悪い”事をしてる自覚を持つ事こそが肝心であって、自分が少しでも相手よりも“身分が上”だと声高に叫ぶのは、お門違いも甚だしい話。イスラエルハマスの問題にしろ、ロシアとウクライナの件にしろ、根幹は全く“一緒”です。