迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

こちらは、2019年まで展開していた“ニコニコブロマガ”の保管庫です。

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第15話。

フェリム邸に到着する頃、そこに先客が来ていることに、ミゼットは気付いた。庭園に面したテラスの片隅に、見覚えのある人影があったからだ。

「…渉君、元気にしてた?随分と大きくなったね。」

「クマさん、お久しぶりです…直也さんも。」

そこにいたのは、アスコット=クーガ…今は桧山渉と名乗っている、ジュンより少し年上の青年だった。

「ああ…彼が件の子ですか。初めまして、ボクのことは“あゆむ”でいいよ。」

と、ジュンに話しかけると、

「あゆ…む…それ、君の名前?僕…みんなからは“ジュン”って呼ばれてる…けど、僕には…その記憶も、何も…ない…」

「一応、話は直也さん達から聞いてるよ。記憶が消えてしまうなんて、相当、酷い目に遭ったんだね…」

ジュンの答え方に対し、アスコットは同情した。

 

 「お茶のおかわりはいかがですか?望月様。」

せっかくだから見晴らしのいいテラスで、午後のティータイムと洒落込もうということで、テーブルを出して、特製のスイーツをいただきながら談笑をすることにした。ジュンは、初めて執事に苗字で呼ばれ戸惑ったが、すかさず、

「柳原さん、普段は苗字で呼ばれる事がないんで、そこんトコは“ジュン”って呼んでやってよ。」

と、カルタスが言付けると、

「ああ、これは失礼しました…旦那様の方から、名字の方で呼ぶよう言い渡されていましたから、以後、気を付けます。」

と、目が笑っていない笑顔で返答した。

「ますます、人間離れしてませんか?」

ミゼットのツッコミに対し、

「そうですね…少なからずとも、国神様ほどではないと自負してますが…」

と、ちょっと辛辣な答えが返ってきた。柳原という名の執事…今でこそ見た目は人間の姿をしているものの、ビスタ達が初めてフェリム邸に来た頃のそれは、機械的な動きしかできなかった、一種の“からくり人形”に過ぎなかった。しかし、様々な人々が出入りするようになって、改善を進めるうちに、より人間らしい仕草を覚え、振る舞いも、生身の人間っぽくなってきたのである。しかし…

「…ロボットなのに、不自然さ、感じない。」

と、ジュンは執事の“正体”を見抜き、そう呟くと、

「これは、参りましたね…私めをそう見破るのは、秋人坊っちゃま以来のことですな。」

と、苦笑いする仕草を見せた。

 「機械油の、匂い?ほんのりだけど…執事さんから、感じたから…もしかしてと、思っただけ。」

と、ジュンが答えると、

“さすが異常嗅覚…”

と、その場にいたティルタニアンが呆気にとられた。しかしそれは、執事の異変に、ジュンがいち早く気付いていたことになるのは、一緒にお茶を飲んでいた努が、

「柳原…ちょっと休もうか?」

と、執事に声をかけた事がきっかけとなる。

「旦那様…私めは大丈夫で…」

「さっきから、焦げ臭い匂いがしてるぞ。ひょっとして…肩部の動作がおかしいのは、そのせいか?」

と、問い詰めた途端、何かがパチパチと弾ける様な音を立て、双腕から白い煙が上がった。

「…やっぱりな。無理矢理ながら、ジュンを守護から借りてきて正解だったよ。メンテはやってたんだが、ここんトコ、コイツ、嘘付く事を覚えたからなぁ…執事と言っても、生身の人間以上に仕事すれば、壊れるってことを、全然理解してないからな。」

と、呟くと、膝から崩れる様に、急に電源が落ちて倒れこんだ。

「わちゃー、柳原の旦那…どうもこの数日間、様子おかしいと思ったら、いきなりですかい?旦那様。」

騒ぎに気付いたのか、庭先で手入れをやっていた、もう一人の使用人らしき者が努達がいるテラスにやってきた。

「悪いな、魚崎…コイツ、俺のラボに運んどいてくれないか?久々にオーバーホールしようと思った矢先にコレだからなぁ…」

「わっかりやした…あ、ついでにあっしの方も、診てもらえやしませんか?どうも最近、腰回りに疲労が溜まってる様で…」

魚崎という御庭番が答えると、

「この人…獣の匂いするけど、さっきのロボットと違って、機械系の匂い、しない…」

と、ジュンが答えた。

「おい、魚崎…またイノシシとぶつかっただろ?潤滑系に異常は認められないが、念のために調べておこう。但し、異常がなかった場合は、即時に業務に戻れよ…お前はお前で、変にサボるクセがあるからなぁ。」

努が苦い顔しながら睨み付けると、壊れた執事ロボを担ぎ上げて、一目散に何処かへと姿を消した。

 

フェリム邸からの帰り道、ジュンはカルタス達に使用人の姿をしたヒューマペット…特殊生体CPU搭載のロボットの事について、簡単な説明を受けた。

「元々は、単純なからくり人形のシステムだったんだけど、フェリム邸を管理維持するために、様々なセンサーを館内に設置するよりも、人型のロボットが随時巡回する様にした方が、対人侵入被害に有効ってことで、開発されたのがきっかけであり、そのうちの5体が、館内での接遇や家事全般を行う様に特化してあるんだ。」

「5体のうち柳原さんと、その代理で来た女性型の御影さんは、執事や家政婦として接遇を専門的に、魚崎さんは庭園の管理担当として、剪定や害獣駆除をやっていて、他に湊川さんと須磨さんは、普段は表に出ないけど、邸内で供される料理は、基本的には湊川さんが担当してるんだ。」

「ま、須磨さんは、掃除や防疫とかがメインだしね。」

二人の話を聞きながら、フェリム邸で感じた違和感に、何となくジュンは納得した。

「だからあの館、人の気配がなかったんだ…でも、何となくだけど、居心地よかった…何でだろう?」

その疑問に対し、ミゼットは、ちょっとした仮説を立てた。

「多分…ジュンの経験が、そう感じさせているんだと思うよ。僕らは詳しい事は知らないけど、相当酷い目に遭った経験から、人間そのものに対する不信感があって、だから僕らですら、ジュンは警戒して身構えるだろ?」

「雷太と隼は、いつも一緒だから…でも、杭全さんや吉野さん…普段、顔合わせる事ないし…堀川さん…怖い…」

「ああ…わからなくないね。見た目だけだと、スキンヘッドで眉間に皺寄せた顔だもんな。けど、見た目と裏腹に…」

「だけど…怖い…」

“あの一件で、完全に誤解された上に、嫌われちゃってるよ…ヴェル、気の毒だよな…”

ジュンの一言に対し、二人はヴェルファイアに同情するしかなかった。

 

「まったく…これじゃ、完全に作り変えないと、業務に支障が出るぞ、柳原。」

『申し訳ございません、旦那様…まさか、ここまでガタが来てるとは、露にも思いませんでしたから。』

フェリム邸の地下にある、ヒューマペットのラボでは、動作不能となった柳原が、努に説教されながら修理が可能か、点検を受けていた…どうやら、現行の筐体での復旧は無理という判断に至ったようである。

「長い付き合いと言えど、この機体になって、既に30年が経過してる…部品を交換するにしても、短時間でまた、動作不能になるのだったら、丸々、新しい筐体に移植しないとダメだ。魚崎の場合は、過酷な環境下での使用するから、元々壊れる前提で作ってっから予備も多いが、お前さんや御影の場合、そこまでの無茶をさせる様な設定じゃないからなぁ…御影の部品で間に合わせようか?」

 『いや…それは旦那様、私めは成人男性の筐体用ですから、そこは魚崎か須磨のパーツで…』

「何言ってやがる、“からくり人形”の分際で、オスとかメスとか気にすんなよ。」

『いや…それを言われましても…』

「冗談だ。ベースとなる人格が違う上に、共通パーツがあると言っても、見た目が変わったら、誰もが怪しむだろ?」

『いやはや…ただ、私めは、あの筐体が気に入ってまして、できれば使い続けたいのですが…本当に無理なのでしょうか?』

「どんなに頑強なフレーム素材であっても、生身の肉体じゃない以上、経年劣化による摩耗や損壊を、自己回復する事は不可能だ。だからこそ、定期的にパーツ交換や、場合によっては作り替えも必要となる…って、100年前に言わなかったか?」

『旦那様…もちろん、その事を覚悟した上で、この様な姿になった訳ですから、後悔はしておりませんぞ。しかし…』

「だったら、その時と同じ様に受け入れろ…少しでも耐久年数が伸びれば、そういう愚痴を、俺も聞かなくて済むんだしな。」

そう呟くと努は、モニター上の仮想世界から話しかける柳原を黙らせた。そして、人体骨格標本の様な筐体から、制動に必要な“パーソナル”というコアCPUシステムを取り出すと、前もって用意してた、新しい筐体に挿入した。