迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

こちらは、2019年まで展開していた“ニコニコブロマガ”の保管庫です。

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第13話。

騒動の翌日、いつもと違う部屋にいることに、ジュンは気付いた。彼は普段、病室の様な部屋で一人、ディオンが様子を見に来るまで、じっと天井を見ていた…救護されて以来、嗅覚過敏なこともあって、自分の部屋以外、滅多なことで出入りすることはなかった。だから、ここが“自分の部屋”じゃないことはすぐに理解できたが、なんでここにいるのか、訳もわからず困惑した。しかし、自分が寝ているベッドの横で、疲れた顔して寝入っているシーマの姿を見て、ここがシーマの部屋だと理解した。ほのかに、メントールの様な匂いが漂っている…その正体が、実はシーマ自身の体臭だとわかるのは、相当時間が経ったのちの話になる訳だが。

「あれ…隼、僕、ここで…寝てたの?」

寝ぼけ眼でジュンが声を掛けると、急にシーマは飛び起きた。

「ご、ごめん…最後まで送るつもりだったのに…なんか、ごめん。こんな雑多な部屋に、君を寝かすなんて…その…」

「いいよ…僕も、昨日は、何が起きたのか…さっぱり…覚えてないから。」

慌てるシーマに対し、ジュンは淡々と答えた。どうしても無表情な答え方しかできない、ジュンはむしろ、表情豊かなみんなの姿が羨ましかった。あの事件以来、無邪気に笑うことも、素直な喜びを表現することもできなくなった自分が、どうしても悔しくて仕方なかった。本当は嬉しいのに、本当は笑いたいのに…だけどその度に、表情が引き攣って、ただ涙を流すことしかできなかった。だから、無表情にきょとんとするしか…じっと相手の表情を見てることしかできなかった。

「そっか…そうだよね。あんなことが急に起きたら、理解なんてできないよね。」

「隼…あのね…僕、ここにいて、いいの?僕、本当に帰る場所って…どこにあるの?」

「え…急に何言ってるんだい?ここは僕の部屋…じゃなくって、帰る場所って…」

 ジュンの唐突な問いに対し、シーマは答えに苦慮した。そこに、

「何だ、尾崎んトコにいたのか…」

と、いつもの部屋にいないジュンを探しにきたディオンが、ひょっこり顔をのぞかせた。

「あ、根岸先輩…すいません、僕、ちゃんと部屋に送ってやるべきだったのに…その…」

 「その件については、すでに吉野先輩から聞いてるよ。それよりジュン、よくまあ、こんな部屋で平気で寝てられたなぁ…」

「雷太…教えて。僕、どこに行けばいいの?僕の帰る場所って、どこにあるの?僕は、一体…何者なの?本当に“ジュン”って名前なの?」

矢継ぎ早に質問するジュンに対し、ディオンは顔色変えずに全て聞き流した。そして…

「それは、自分自身が決めることだよ、ジュン。キミが、キミである以上、どんな名前だろうが、種族だろうが関係ない…もし仮に、この名前も偽りだとしたら、キミ自身の純真な心から、僕らが付けた名前だと考えたらいいよ。」

と答えた。その言葉にシーマが一瞬躊躇ったが、ディオンのアイコンタクトに気付き、冷静さを装った。

 

その頃、ビスタとナージュは、これまでのジュンに関するデータを精査していた。警察から得た捜査記録と、救護してからの療養データ、そして、マーグが持ってきた生体検査の詳細…これらをもう一度、きちんと再調査する必要が出てきたからである。

「それにしても…これは盲点だったな。まさか、監禁された理由が、単に身代金目的ではないとは。」

意外な事実が解った事で、ナージュは驚きを隠せなかった。

「犯人の居所を探るのは簡単でも、まさか、こんな事をやってるなんて…」

「相手は恐らく、活動資金調達の術であって、メインは別って事なんだろう。」

「でもまた、何で狙われたんだ?」

「それが解れば、僕も苦労しないよ…どうも、敵の動きが読めない。今は、敵も業を潜め、こっちの出を伺ってる様だし、かといって、迂闊にこっちから牽制する動きを見せるのも、厄介だからなぁ…」

そう答えるとビスタは、腕を組みながら深い溜息をついた。

「ビスタでも解らないってことは、俺達、相当ヤバい案件に足を突っ込んじまったって事になるなぁ。」

「ともかく、ナージュ、これは僕とキミとの間での秘密にしておこう…みんなでデータの共有が原則とは言え、誤解や偏見が生じかねない事案だ。必要に応じて開示することはあっても、現段階では…」

「喋るなよ、だろ?」

「長年の付き合いで、察してくれるから助かるよ。」

「はいはい…何年、お前の“女房役”やってると思ってんだ?」

ナージュはそう答えながら、ビスタに塩対応な笑みを見せた。そこへ、部屋のドアを叩く音が聞こえた。ナージュが返答する間も無く、勝手にドアが開いた。

 「無礼失礼…あのバカが、余計な混乱招く情報を持って行ってたぽいんで、修正に来た。」

そこには、マーグと同じ、夜明け前の星空を思わせる様な青い髪をした、中肉中背な男が立っていた。

「蘇芳さん…いや、賢皇プレネクス様!!」

「賢皇様が直々に、こちらにお越しになられるとは…連絡してくれれば、それ相応の…」

「俺、そういうのは嫌いなんだよな…お前さん達と一緒でさ、もっとスラングな付き合い方、できないもんかなぁ。」

 二人が慌てる様を見て、賢皇プレネクス…こと、蘇芳努はそう答えた。努は普段、医療分野で財を成した蘇芳財閥の当主として、また、財閥が運営する医療法人“健凰会”の総院長として、日夜医療現場を駆けずり回っている。だが、その正体は、不老不死にして、世界を統べる“知の星神(ステラ)”と称す、二つの“皇神(おさがみ)”のうちの一柱である。そして、マーグが言う“親父”とは、彼自身を指している。

「まあいい…とにかく、療養記録から導かれたデータのうち、療養羊水カプセル内での反応なんだが、あれは毒素というより、長い間、風呂に入ってないヤツが水に浸かった時と同じだ。おそらくだが、最低でも3ヶ月、清拭すら行なっていない状態だったと推測できる…なんせ、サンプルの羊水から検出されたのが、殆どが皮膚表面の老廃物だったからな。」

 努がそう言うと、ビスタはデータの一部を見直した…確かに、汚物成分の解析データには、皮膚の老廃成分が顕著なまでに見て取れた。

「つまり、全裸の状態で、あまりにも不衛生な場所に監禁されていたって事でしょうか?」

「まぁ、そうなるな。で、その老廃物から検出されたのが、向精神薬の類…しかも、オーバードースが疑われるほどの量が検出されている。」

「え…それって、ジュンは薬物中毒になっていると?」

「初期のデータだけで判断したら、そういう事として俺も接したと思う…が、髪の毛に残存する成分以外、カプセル治療後は殆ど検出されていない。もちろん、カプセル内での治療で、大方の薬物成分が解毒された事もあるが、あまりにも急速過ぎる…で、気になったから生体検査のサンプルを寄越せって言ったんだ。」

「それで、血液と粘膜のサンプルを提出してほしいと…」

「そうだ…比較のために、シーマとディオンにもインフルエンザ検診だと言ってサンプルを出してもらったんだが…ディオンはともかく、シーマがなぁ…」

「蘇芳さん…余計な検査してません?」

「ケミのデータサンプルだと思って取り扱おうとしたら、予想外のデータが出てきたんだよ…」

「シーマが、アグリ…本当だったのか。しかし…彼には、プラントポッドや対光緑化現象などの、アグリ特有のモノは…」

「恐らく、ビスタも気付いてるかと思うが、、ケミとしての能力の方がアグリの能力を上回ってるから制限がかかってるのだと思うな。当然だが、ジュンの生検データも、擬似的にアグリのモノなんだ。だから、薬物による影響で、本来ならあり得ない能力の一部が、強制的に涌現した状態になっている…奴さんの狙いは、その能力を完全なモノにさせた上で、捨て駒の兵士にするつもりだったのだろう。」

努から意外な分析結果を聞いて、二人は身の毛も弥立つ様な思いになった。そして、

「記憶障害は薬物と暴行によって脳がイカれたせいだが、嗅覚過敏や摂食障害の原因も、アグリとしての能力が、薬物…しかも特殊な向神経薬の影響で覚醒したモノと考えていい。こればっかりは、治療とかでどうすることもできない…」

と、努が告げると、

「…行き場がないのか、ジュンは、どこにも、この先にも。」

と、ナージュが呟いた。