小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第12話。
ジュンは突然、部屋を飛び出した…その目には、涙が浮かんでいた。
「おい、ジュン…悪かったって。本当に、俺が見せたかったのは、“けもナー娘。”の新作なんだってば…」
慌てふためきながら、ヴェルファイアは追いかけたが、そこには、ジュンの姿はなかった。
話を少し戻そう…きっかけは、ジュンがビスタ達がいる部屋に、紅茶スコーンを持って来た時である。ちょうどその時、ヴェルファイアがマーグと入れ替わりで部屋に来たタイミングであった。
「お、今日は珍しく、ジュンがお茶請けを持って来たのか。」
ナージュが出迎えると、ジュンは手にした籠を渡そうとした。すると、奥からヴェルファイアが声をかけた。
「なあ、ジュン…お前、アニメ好きか?」
「アニメ…なにそれ?」
「あ、いや…お前ぐらいの年頃だと、こういうのが好きじゃねぇかなぁ…って思ってだな、ちょっといくつか用意したんだよ。ま、俺も昔からアニメが好きでさ、これだったら、お前でも楽しめるんじゃねぇかなってね。」
ジュンは、ヴェルファイアの見た目と裏腹な、意外な趣味にきょとんとするが、
「星野先輩、国神所長、ちょっとコイツ、俺の部屋に連れてっていいっすか?」
「構わないが、部屋、片付けたか?」
「わかってますって…ジュンの嗅覚が過敏だから、常に異臭を放つようなモノは、処分してありますって。」
とビスタに報告するやいなや、ジュンを連れて部屋を後にした。
あっけにとられながら、ジュンがヴェルファイアの部屋に入ると、アニメヲタクを自称するだけあって、様々なアニメグッズと映像ディスクが、所狭しと並んでいた。特に目を引くのは、“かうべうしベルルン”と描かれた、マスコットキャラの特大ポスターである。
「これ…堀川さんの、趣味?」
「おう、そうさ…俺、こういうのが好きなんだよ。いわゆる、獣人化キャラってのがさ。ベルルンは本当に、カワイイんだから。」
少し照れ臭そうにヴェルファイアが答えると、ジュンはどういう表情をしたらいいのかわからなくなった。
「とあるロボットアニメの主人公曰く…笑えばいいよ。俺自身がバカにされるのは平気だが、それは、こっちの事情を知らないことが前提だ。知ってて笑われるのと、知らないから笑われるのじゃ、意味も訳も違う…知ってて笑うのは呆れてるからこそ、知らずに笑うのは、素直な気持ちだからこその笑いだ。ずっとお前、笑った顔、してないだろ?だったら、笑え…笑ってくれるなら、俺はどんなに傷付いたって、構わないって思ってる。」
ヴェルファイアがそう答える傍で、ジュンはきょとんとするしかなかった…笑い方すら忘れた少年には、笑顔で応える術を使える訳もなかったが、それでも、“笑って欲しい”というヴェルファイアの気持ちだけは、なんとなく理解できた。だからこそ、笑顔を作れない代わりに、真っ直ぐにヴェルファイアの横顔を見ていた。
「そんなマジマジと見るなよ、頭から変な汁が出るだろ。おい…」
ジュンの行動に対し、事情を知っているとは言え、流石に戸惑うしかなかった…まるで茹蛸のように赤面しながら、ヴェルファイアはマルチディスクデッキに、今手にしているディスクを入れた…まさかそれが、問題の映像が入ったモノだとは気付かずに。そして、再生ボタンを押して映像が出た途端、ヴェルファイアは一気に青褪めた。
「あ、いや…これはその…ち、違うんだ、そういう趣味は俺は…」
直感的に、ジュンは身の危険を察した。いや、消えていた記憶の一部…しかも、監禁された挙句、酷い仕打ちを受けてたであろう感覚が、フラッシュバックしたのである。明らかに、自分の声だと認識したジュンは、その、あまりにも残酷過ぎる映像を直視できなかった…そして、ヴェルファイアの部屋を飛び出したのである。だがその瞬間、ジュン自身も訳が解らない感覚に堕ちたのである…目を伏せ、部屋の扉を開けて走り出そうとした時、肌に感じる空気が変化したのに気付いた。そして、視線を戻すと、本陣寮の廊下に出てた筈なのに、なぜか見知らぬ森の小道に立っていた…ジュンはディオン達に保護されて以来、生活の場である本陣寮と、隣接する製菓工房以外の場所に出る事はなかったから、そこがどこなのかを知らなかった。そして、夕闇迫る森の中で、途方に暮れるしかなかった。
「どういうことだ?ヴェル…」
「こっちだって聞きたいぐらいだよ…ジュンが急に姿消すなんて、何が起きたのか、俺にも理解できない…」
大声に気付いて駆けつけたエスクードが、ヴェルファイアに事情を聞き出そうとしたが、当人ですら何が起きたのか、状況が把握しきれていない。が、シーマがヴェルファイアの部屋に流れてる映像を見て、何かを察した…そして、
「これ…まさか、ジュン君が受けた虐待の映像では?」
と問い質すと、
「まさか、“けもナー娘。”だと思ってたのが、これだったんだよ…俺のミスだ。頼む、助けてくれ…このままじゃ、俺…余計にアイツ…」
と、悲壮感から泣き出しそうな顔で答えた。
「ワグナー隊長、僕、探してきます。多分、遠くには行ってないと思うんで、付近を探せば大丈夫かと…」
「よし、わかった。俺の方から報告を入れる、シーマは探索、頼むよ。」
「了解しました…ヴェル先輩、大丈夫っす。ジュンは遠くに行ったりは…」
「だが…どう言えばいいんだ?テレポートしたとなれば、アイツも異界の民だったのか?だったら…」
「それは後だ…ヴェル、とりあえずクロノス様に事情説明と、現状の報告をするぞ。」
動揺を隠せないヴェルファイアに、エスクードは頬を叩いて促した。シーマはヴェルファイアの部屋に、不可解な時空の歪みがないか、痕跡を探り始めた。そして次の瞬間、
「…そういうことか。だとすれば、あそこに飛ばされたのかも。」
と呟くと、先輩二人に対してこう言い放った。
「先輩…移動をラクしようとして、空間連結の結界術、そのままにしてません?」
「え…どういうことだ?」
「もしジュン君が、うっかり結界を踏んだのであれば、たとえアーシアンであっても、この建物自体がティルタニアの領内と同じなら、勝手に結界外に飛ばされますって。」
と推察を述べると、そのままシーマは廊下を駆けて行った。
一方、ジュンは暗がりの中でトボトボと、行くあてもなく小道を歩いていた。体力のないジュンにとって、彷徨い続けるのは危険である…しかし、ここがどこなのか解らない不安と、とにかく本陣寮に戻りたい一心で、立ち止まることよりも前へ進むことを選んだのである。目印も何もない、ただ、歩き易い様に整備された道を、ゆっくりと歩くことしかできなかった…そして真っ暗な森の中で、何か光るモノが見えた。恐る恐る近づいて見ると、そこには石板があった。石板には、何やら文字が彫られている様だったが、それを読解することはできなかった。だが、ここにいれば、なんとなく助かる様な気がして、石板の前にある段差に腰をかけ、膝に顔を伏せた…映像に映された、おそらく自分自身だと思う少年の姿が、時折、頭の中をよぎる度に、首を横に振り続けた。
“あれは…僕…じゃない…僕は…僕は………”
「僕は、雌鶏…なんかじゃない…」
そう呟くと、急に遠くから、
「ジュン君、どこだい…返事して!!」
と、シーマの叫ぶ声が聞こえた。そして程なくして、シーマが手にしてるLEDカンテラの光が見えた。そして、その光がジュンの影を捉えると、すぐさまシーマは駆け寄った。
「よかった…ここに飛ばされたんだね。大丈夫かい?」
「隼、ここ、どこ…僕、僕は…」
泣きじゃくるジュンを見て、シーマは安堵の顔を浮かべた。そして、
「ここは…本田先輩のお墓なんだ。僕自身はお会いしたことないんだけど、この農園で、里山の整備を担当してたらしいんだ。それで…」
「お墓?ここが…でも、なんで?」
「僕もよくわからない…けど、この場所が、先輩のお気に入りだったってのは聞いてるよ。古い欅の木だけど、ここだけは伐採せずに、農園の整備を行ったんだって、国神さんもおっしゃってた…きっと先輩、僕らのことを今も気に掛けてるんだと思うよ…だって、ジュン君がここにいたってことは、守ってくれたんだと…僕はそう思うよ。」
と、ジュンに声を掛けながら、
“グランツ曹長、ご迷惑をかけて、すいません…そして、ありがとうございます…”
ジュンを無事に保護できたことに対し、シーマはジェミニの墓標の前で、ジュンに聞こえない声で感謝を述べた。そして、自力で歩けないジュンを背負って、本陣寮へと戻った。
シーマが本陣寮に辿り着く頃、ジュンはその背中で眠っていた。心身共に疲労困憊なジュンにとって、シーマの背中は小さいけど、暖かく感じた。そして何かを感じ取っていた…彼らが何者であったとしても、一人の人間として、そして“戦士”としての力強さが、とても心地よかった。ジュンの体重が軽いと言っても、シーマにとってはかなりの重量であった。でも、安心して寝息を立ててるのを感じ取ると、足元がフラフラになってても、倒れる訳にはいかないと踏ん張り続けた。だから、玄関先でナージュとカルタスが待ってるのが見えると、力を振り絞って駆け寄り、段差で躓いて前のめりで転けたのである。すかさずナージュがシーマの下敷きになることで、二人に怪我はなかった…ナージュ自身は軽い打撲を負う結果になったが。
「なんにせよ、無事で何よりだ。」
「星野先輩、大丈夫っすか?」
「吉野、先にジュンを部屋に連れて行ってやれ…俺の方は心配いらん。」
「あ、星野先輩、すいません…」
「尾崎もお疲れ…すぐに見つかったんだな。でも、お前も大丈夫か?」
「でも…」
「俺の方は心配いらないって…大切な仲間を失う方が、精神的に辛いからな。それに比べたら…この痛みぐらい、どうってことはないさ。」
笑みを湛えながら、シーマに声を掛けると、ナージュはそのまま身を起こした。ナージュにとって、モーザ隊時代からの同僚だったジェミニの墓前にいたことに驚きを隠せなかったが、むしろ、そのジェミニが、今でもそこにいてくれたのかと思った時、その件で報いてやらねばという感情が咄嗟の行動に出た…それで負った怪我なら、痛みも何も平気だと、ナージュは自分に言い聞かてせた。カルタスも、その気持ちは同じだった。