迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

こちらは、2019年まで展開していた“ニコニコブロマガ”の保管庫です。

小説のようなモノ…ティルタニア騎士団物語 第8話。

ヴェルファイアに促され、二人が食堂に入ると、いきなり乾いた感じの破裂音がした…その音にジュンが首を竦めると、

「アハハ…ごめんごめん。今日はお祝いだからさ、ちょっとでも喜んでもらえるかなぁって思ったんだけど…驚かせてしまったね。」

「だから、クラッカー使うなって言っただろ?ジュンは事件の後遺症で、かなりのビビリなんだから、脅かすなよ。」

どうやら、この爆音の犯人は、調理担当のダイナ=カーペンターの悪戯の様である。ヴェルファイアがダイナを睨みつけるのも、無理はない。

「…お祝い?なんの?」

「お前の誕生日だよ…って、今はわからねぇか。あの警部さんが言うには、今日がお前の誕生日らしいんだ。」

戸惑うジュンに対して、ヴェルファイアがそう答えると、

「正確に言えば、アンタの身元が判明した事と、偶然にも今日が、アンタの16回目の誕生日だった…って事で、みんなで一緒に祝ってやろうって話になったんだ。ジュン、今日だけは俺達と同じメニューを用意したんだ。食べきれなくてもいい…せめて、今までなんとか生き永らえた事に対して、そして、“新しい自分”の誕生を祝おうじゃないか。」

と、ナージュが言葉を付け足した。

「僕の…誕生日…」

「そうか…そういえばキミ、お腹いっぱいになるまで食べたいって、さっき言ってたよね?」

「でも…僕は…食べられない…」

「そう言うだろうと思って、今日は全員、お子様ランチにしたんだぜ。」

と、意地悪そうな笑顔でダイナが答えた。

 

実はこの数時間前、厨房でジュンに関する情報を聞いたダイナは、ある提案を行った。

「今日の夕飯は、ワンプレート形式にして、ジュンにも同じモノを喰ってもらおうじゃん。」

それに対してシーマが、

「それじゃ、“お子様ランチ”風に盛り付けるのってどうかな?」

とツッコミを入れたら、その場にいたセルボとカルタスは大笑いした。しかし、

「目の付け所がいいな、流石“お子ちゃま二等兵”と言われるだけはあるな。」

と、ダイナはフォローになってないフォローを入れた。

「茶化さないでください…」

「いやいや…“お子様ランチ”をバカにする事なかれ…採算度外視で作るのは、将来の常連となり得る子供に対して、料理の腕に自信があるからこそできる代物だ。人気メニューをありったけ皿に詰め込むのは、それで勝負してる証…」

「それと、子供が好きそうなメニューの殆どは、噛む力が弱っている状態の者でも食べられるモノが多い…着眼点としては合格だな、シーマ。」

「ク…クロノス様?!」

厨房の騒ぎに、ビスタがひょっこり乱入してきた。

「だったら、全員分の“お子様ランチ”を用意してくれないか?みんなと同じモノを食べているという意識を持たせれば、多分、摂食障害を克服できると思うんだよ。彼の場合、摂食障害を生じる原因の一つに、おそらく、経口摂取は避けるべきモノを押し込まれた可能性がある。嗅覚が敏感なのも、その影響が考えられるんでね…そこでだ、今日だけは実験も兼ねて、全員服を着替えて食事を摂ろうじゃないか。」

 まさに、鶴の一声だった。そこで、ダイナは早速、冷蔵庫内の食材から、お子様ランチ向けのメニューをピックアップし始めた。セルボもそれに合わせ、デザートの準備を始めた。そしてカルタスとシーマは、手分けして他の連中に連絡を回しに走った。

 

「これ…僕の…分?」

テーブルに並べられた皿には、昔懐かしい洋食屋風の“お子様ランチ”があった。どれもこれも、子供の時なら一度は味わったであろうモノが、品良く盛り付けてあった。カップに入った野菜のチャウダー、煮込みハンバーグに富士山の様に形成したピラフ、エビフライ、フレンチポテトにケチャップ味のパスタ…子供の頃に描く“ご馳走”を、これでもかと詰め込んだ皿は、大人でも羨む様な中身である。しかも別添えでプリン・ア・ラ・モードとミックスジュースバニラアイス添えのタッグは、古い関西人なら垂涎モノである。

「そうだよ…さ、食べよう。思うがままに、服が汚れても気にせず、ガッツリといただこう。」

ビスタがそう声をかけると、みんなが一斉にフォークを持って食べ始めた。しかし…ジュンは、一向に食べようとはしなかった。

「どうしたんだい?」

ディオンが不安そうにジュンの様子を見ると、手にはしっかりスプーンを掴んでいたが、どれから手をつけたらいいのか、かなり迷っている様であった。

「…全部…食べたい…だけど…」

「その皿はジュン、お前の分だぜ。順序やペースを気にせず、ゆっくり食べればいいぜ。」

と、ヴェルファイアが声をかけた。そして恐る恐る、スプーンの先を延ばしたのは…ふんわりと焼き上げたオムレツだった。口に含み、ゆっくりと咀嚼し飲み込むと、

「おいしい…」

と呟いた。その様子を見て、シーマとダイナは、互いに軽くグータッチをした。結局この時、ジュンが口にしたのは、このオムレツとプリンだけだったが、この“お子様ランチ”を完食できる様になるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

翌日、いつもと変わらぬリハビリに励むジュンは、明らかな変化を見せた…今までであれば、身体を起こすだけでも一苦労するほど大変だったのが、すんなりと起きれたのである。そして、摂食訓練で出すフルーツゼリーも、咽せることなく完食したのである。

「凄いなぁ…昨日のアレ、やっぱ意味があったんだ。」

ずっとジュンの介助をしていたディオンは、この変化に驚きを隠せなかった。

「やっと…食べられた…もっと食べたい…だから…頑張る。僕…次こそ、全部…食べる。」

どうやら、目標が定まった様である。

「食べると…お腹…満たされる…力が…湧いてくる。身体が、素直に…動ける。これ…頑張ったら…もっと…食べられるよね?」

「うん、そうだね。元気になれば、キミが望む事も、きっとできる様になると思うよ。だから、一緒に頑張ろうよ。」

ジュンの話し方にも、少しずつ変化を見せた。ひとつひとつ、絞り出す様にしか喋れなかったのが、ある程度文章として、聞き取れる様に話せる様になっていた。もちろん、脚や腕にも程々に筋肉が付き始め、自力での歩行は未だ無理でも、救護された頃に比べ、体重は幾分か増えていた…とはいえ、未だに骨と皮だけな見た目ではあるが。それでも、健康な肉体を取り戻す戦いは、着実に成果を上げてきていた。

 

同じ頃…押熊警部は、少々厄介な事に巻き込まれていた。麻薬捜査を行っている別の警部から、国神農園で大麻の栽培を行っているというタレコミがあったと告げられたからである。つまり、別件で探りを入れろという指示が出たのである。しかし、警部の目には、健全な農場にしか見えなかった…違和感があるなら、広大な田畑や果樹園があるエリアに三棟ほど、農場としては不釣り合いな建物があったぐらいである。

「仮に麻薬を製造してるのであれば、クロとして扱わなければならないって…そうであるなら、被害者を保護してる理由が、アリバイ作りだって事になるじゃないか。」

「それを確かめるのが、お前の仕事だろ?文句あるなら、A区の連続変死事件の捜査から外れてもらうが…」

合同での捜査において、同等の権限があるハズなのに、なぜが麻薬捜査班側の指揮官は、高圧的に押熊警部の捜査を阻害する態度を見せた。仕方なく、警部は指示に従うフリをして、その場を去ると、受け持ちの捜査本部の上司に、先ほどの話を持ちかけた。

「それはおかしいな…仮に、国神農園で麻薬を密造してるのであれば、事件での唯一の生き残りを保護する事は考えにくいし、まして、急に麻薬捜査班が我々の方の捜査を妨害する事自体、むしろ捜査を混乱させるだけのようにしか思えん…ともかく、忍ちゃん…あんたは普段通りに国神さんトコ行って、淳一くんの様子を見てきなよ。この件に関しては、私の方で調べとくよ。」

「小野寺キャップ、“忍ちゃん”って呼ばないでくださいよ…俺、その呼ばれ方、嫌いなんッすよ。」

「まぁ…そう言うなよ、私も同じ様に女性と勘違いされがちだからね。自分の息子に“悠里”なんて名付けた親を恨みたい気持ちはあるけど、淳一くんの事を思うと…ね。」

警部の上司、小野寺警視はそう言うと、他の部下にも先ほどの会話を他言せぬ様言い渡し、誰かと面会するからと言って、部屋を後にした。警部もまた、捜査を進めるために、今までに集まっている情報を調べ始めた。

 

2週間後、警部はジュンの様子を見に、再び本陣寮へ姿を現せた。

「…そういう嫌疑がかかってるのか。」

「いや…俺はあなた方が、そういう疾しい事をやってるとは思えないし、本当に麻薬捜査班の方が正しいのであれば、先にこっちがガサ入れされてるハズだ。」

捜査の経過をナージュに説明してる途中で、別件捜査が入る可能性があるという情報を、つい喋ってしまった事で、場が気不味い状態に陥った。流石に双方に不信感を抱くのばマズい…しかし、解決策がある訳でもなく、会話はそのまま膠着してしまった。すると、歩行器を使ってジュンが二人の下に近づいた。

「淳一くん…もう、歩けるのか?」

「ジュン、今日は手先の機能回復訓練だって言っただろ?なんでここに…」

「…トイレ…」

二人の問いに対して、気が抜けるほど一言で答えると、そのまま部屋へ戻って行った。その足取りは、筋力が戻っていない事もあってぎこちない…だけど、自らの運命に対して、挑み続けようとする逞しさがあった。

「しかし…両親の件に関しては、まだ、話さない方がいいと思うな。記憶を失っていると言えど、あまりに酷すぎる…それに、その麻薬捜査班の態度。どうも腑に落ちんな。」

これまでの調べで、ジュンの両親は、高校受験に息子を送り出した後、何時まで経っても連絡がない事を不審に思い、下宿先になるであろう親族の家に電話をかけたら、世話代として途方も無い金額を要求してきた挙句、期限内に収めないと殺害するという予告を受け、それを警察に相談しようと向かってる最中に交通事故に遭った…偶然が重なってると言えど、ここまでくると、なんらかの意図が見え隠れしてる様に思えて仕方なかった…まさかこれが、ビスタに対し反抗する勢力が関わっていたとは、この時は誰も思いも依らなかった。そして、それゆえにビスタ達が“異界の民”である事が、警察当局等にバレる事となるとは…

「ともかく、現時点で俺の口から出せる情報はここまで。鑑識課に荒縄に付着してるDNA鑑定を行ったんだが、淳一くんと発見者の吉野ってヤツのモノ以外、検出されなかったんだよ。犯人は相当、用意周到に、しかもそちらに濡れ衣を被せようとしてる感が否めないのだが…」

その情報を聞いて、ナージュは一つの推察がついた…自分達と同じ、ティルタニアンで、尚且つ、軍事訓練を受けた者でなければ、証拠隠滅を図って錬成術や時空術を使うとは、考えられにくいからである。しかし、それを知っているからといって、警部の裏で暗躍してる何者かに、こちらの手を見せる訳にもいかない…同じ事は、警部も考えていた。仮に、ここの連中が本当に犯人であれば、下手に情報を開示すればするほど、証拠を消される危険がある上、かといって、信用できる情報提供者に過剰な嫌疑をかければ、今まで以上に捜査が難航する事は目に見えていた。