迷馬の隠れ家〜別館:ブルマガバックナンバー〜

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五新線の話…

先月末で、五条バスセンター〜専用線城戸(じょうど)の“専用線経由”路線が廃止・路線変更となった。理由は、路線の“老朽化”という事だが、こう表現すると何か違和感を持たれる人も多いだろう。無理もない…そもそも、この“専用線”自体が、本来であれば鉄道区間として開発が進められたトコの一部であり、もしも国鉄時代に無理矢理でも五条〜新宮に鉄路を敷いていたなら、この路線は存在する事はなかった訳である。ぶっちゃけ、五条〜城戸が既に完成してて、だけど鉄道による貨物輸送の需要が見込めずに、計画そのものが中止になった事を受けて、この一部区間を“バス専用”という事で整備したのが、件の路線という事である。

鉄道事業は時として、計画はあれどその後の採算が見込めなかったり、建設途中のドラブルが原因となったりして、頓挫する事が多い。当然だが、元々の事業路面電車だったモノを、高速鉄道として格上げするのも、狭軌から標準軌への改軌を申請しても、国交省がイチャモン付けたらそこまでなトコもある訳で、なかなかすんなりと事が進まずに頓挫するケースもあるから一概には言えない。しかし、鉄道であれ、高速道であれ、地元住民にとって、外部との、あるいは近隣の公的機関や商業施設等への交通網が拡充されるためのインフラ整備は、採算を度返ししても行われるべき事案なのに対し、なぜそれができないのか?その一番の原因は、やはり“コスパが悪い”の一言に尽きる。

つまり、新幹線の開発が、他の赤字ローカル線の損失補填以上に費用を喰っていたからこそ、表向きでは“赤字路線の廃止”を是とした訳であり、また、新幹線を整備していく過程で、どうしても切り捨てなければならない区間や地域が出るのは致し方がない事を地元に説明するにも、やはり何らかの“見返り”が欲しい訳で、そこんトコでモメてる内に、財政破綻が見える様な状況になる訳である。この“五新線計画”も、そもそもは、新宮や十津川等で伐採した杉や檜の原木を、都市部まで輸送する為の貨物路線として、当然ながら、東南海沖地震で海岸線に沿って走る紀勢線が、津波の影響で不通になった際の迂回路線として、計画されていたと考えて良い訳で、工事そのものは戦前から行われていた訳である。が、戦争や急激なモータリゼーション化が、結局この計画を“白紙”にしてしまった訳で、だけど、五条〜城戸の区間ができてただけに“もったいない”という訳で、路線バス以外は“車両通行禁止”という事で、国鉄バスがこの区間のバス路線を開業させ、後に、奈良交通が引き受けた訳である。が、奈良南部の人口減少が止まらなく、また、多くのトンネルや橋脚が老朽化してる事、更に、バス路線として採算が見合わない事もあって、専用道の補修費用すら賄えないなら…って訳である。

オイラもその存在は、幼い記憶であった訳だが、なんでこの道が使えないのかがイマイチわかってなかった。が、元々“鉄道路線”として供用されるハズだったからという理由を知って、納得すると同時に、仮に全線開通してたら、今のJR西日本の体質なら、豪雨災害を理由に真っ先に廃止になってただろうなぁ…と察しがつく。それにしても、いろんな意味で“贅沢なバス路線”だった事だけは、今更なから感慨深い。