迷馬の隠れ家〜裏別館〜

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の気まぐれBlogですwこちらは、雑記専用となっております…

臆病者は、黙って立ち去れ。

まずは、この映像を見てもらおう…

Pharrell Williams - HAPPY (Fukushima, Japan ...

この映像を見て、いわゆる“放射脳”は、偽映像だとほざいている様だが、これも、福島の“現実”である。ぶっちゃけ、この映像の中に、震災関連死…特に原発事故による被曝者は、一人もいない。急性的な被曝症患者がもしいたとしても、彼等は笑みを浮かべるであろう…未来の為に命を賭した事に誇りを感じて。

嘆き悲しむ“だけ”が被災者の義務か?それはぶっちゃけ、単に自分の悲惨さに甘えた愚か者の態度でしかない。どんなに嘆き悲しもうとも、時間は前にしか進まない…ならば、覚悟を決めて、自らの足で歩み続ける事が、生きとし生けるもの全ての義務であり、その中で、ささやかな幸せを見つけて笑みを浮かべる事も、生きてく者全員に与えられた権利である。それを否定して、政府がとか、東電がとか言ってる様な連中は、言葉悪いけど、武装テロ組織よりもタチが悪い。もっと言えば、韓国の反日感情と一緒で、実体の無い怒りや憎しみに、自分の人生を棒に振ってる事すら気付かないのは、愚か以外の何者でもない。

京阪神に住む人間なら、福井県の“犠牲”なしに電気の浪費なんぞできないのは、さんざん言われてきた事であり、本来なら、大阪湾に原発を作るぐらいの“代償”を、どっかでやらねばならなかった。それを、新たな雇用創出ができなかった福井県に、半ば押し付けた(というより、ガチで渇望してた)カタチで、10数基もの原発を作った…その背景には、都市部での排ガスによる呼吸疾患が急増し、特に子供達の気管支ぜんそくが酷かった事に端を発してる事を、忘れてはいけない。そして、酸性雨の問題も、実はコンクリートジャングルな都会だけでなく、交通インフラの経年劣化に拍車を掛けている事を、失念してはいけない。つまり、放射性物質拡散による健康被害を恐れるか、呼吸器系疾患の増加による社会保障費等の増加による増税が良いか…雇用がない地方自治体にとって、何もせずに寂れた方が自然環境保護になるという、ぶっ飛んだ極論を考え出せるバカがいる以上、とどのつまり、誰も幸せになれない。

過去の歴史上における“失敗”は、将来的には現代に通じる教訓と、同じ状況下において、違う答えを導き出すヒントになる。それを無視して持論を展開し、それを“正しい”と言い放つ人程、半端無く軸がブレてるw 同じ過ちを繰り返さない様にと思うなら、あらゆる事案は、全て“他人事”として考えてはいけない。が、当事者じゃないのに、さも当事者の代理人ぶる行為は、生業でやってる弁護士以外、やるべきではない。 以前解説した“内外相対”の理を覚えているなら、話は早い。つまり、自分達が掲げる正義に固執するあまりに、周囲が見えなくなれば、相手を理解する事すらできないし、どんな主張も他者から無視される遠因となる。逆に、他人の意見に惑わされ続けたら、何を信じていいかわからなくなり、自分が目指すべき“幸福のあり方”を見失う。被災者を救済する為にやってる事が、却って被災者を余計に惨めにさせていると気付かない様では、今まで勝ち得てきた信頼をも失う事になりかねない。また、生活拠点としてそこを動かなかった人を侮辱する事は、何人たりともやってはいけない…そこに残った人達は、それぞれの事情があって残った訳であり、また、避難先でのいらん心労よりも、現場での復興を手伝いながら生活していく方がマシだと考え、そうした人も多い。ここを間違えてはいけない。同じ過ちを繰り返したくないと思う気持ちよりも、本当の幸せの為に最前線で戦い続ける事を選ぶ人もいる。その人達の“犠牲”の上に、自分達の生活基盤がある。

先の戦争においても、多くの人達は先の見えない不安の中、それでも自分たちの“幸福な未来”を信じ、生きてきた。その結果、どれだけの“不幸”を背負わされたか…小沢昭一は生前、「戦争は、一度始ってしまえば、誰も止められない…だから、やってはいけない。平和な時にこそ、戦争を忘れてはいけない…戦争が起きる前ではなく、起こさない為に止めなければならないのです。」と時折、ラジオ番組で繰り返し言ってた。これは、本人が戦争を体験してるからこそ言えた話であり、その悲惨さを知っているからこそ、戦争の経験のない、若い世代に対して釘を刺す為の言葉である。しかし…それは仲間内だけに話に留めたり、広義的な“国防”を論じてる者に言うべきではない。憲法第9条のせいで、中近東における争乱に巻き込まれた邦人を救出してくても、自衛隊を派遣できないのは、正直、バカげた話ではないか。また、中国やロシアの横暴な態度に対して、何もできないではないかと政府をバカにしてるのも、自分自身が臆病者でしかない事を、自らの口で言ってる様なモンである。だったら、今すぐ現場を立ち去った方が良い…本当に勇気あるの者は、多くの民衆を救済する為に、自分が傷付く事すら恐れない。本物の“王様”とは、自分の命と引き換えに、自分が支配する民を守る為に奮迅する。自分が傷付きたくないから、自分だけが生き延びたいからと言って、逃げる様な愚か者に、誰が本気で信用する?本当の“幸福”とは、自分の使命に立ち向かい、自分自身のみならず、多くの人々と想いを分かち合うモノである。その為の“答え”はいくつもある…だけど、それを強制的に他人から決められた通りでなければならないって、誰が決めたんだ?少なくとも、福島の人々は、自分の意志でそこにいるのであって、戻ってきた人も、逃げてばかりの生活が辛くなったからこそ。そういう事も知らずに、単に原発事故の事に捉われて、未だにギャーギャー騒いでる部外者は、いい加減に黙れ。彼等を傷付けてるのは、彼等を“可哀想”と言いながら見下している、自分自身だ。